心象風景を描く漫画家・大島司氏=バレーボール漫画『アタック!!』

五味幹男

スポーツ漫画は心象風景を描く

「醍醐味を伝える」ということを考えたとき、スポーツにおいて最も有効な手段は視覚に訴えるということになる。料理が味わう(味覚)、音楽なら聴く(聴覚)であるように、スポーツでは「観る」に勝るものはない。
 それを具体的にいえば「映像」となるわけだが、同じように視覚に訴えるスポーツ漫画が時として現実以上にリアルさを感じさせるのはなぜだろうか。ひとつの絵をひとつのコマの中で完結させなければならない漫画は、映像のように時間を連続させて見せることはできない。
 それはスポーツ漫画が、映像を単に切り取っているのではなく、心象風景を描いているからなのだろう。

 例えば、加藤がアタックを打ち、それがブロックされるシーンでは、1枚の絵の中にアタックを打ち、それがブロックされ、ボールがコートに突き刺さるシーンが描かれている。
 これは現実的にはあり得ない。なぜなら、3つの「瞬間」には時間差があるからだ。写真でそれを表現しようとすれば3枚必要になる。
 だが、選手の心象風景ととらえれば、その絵はとたんに「現実」になる。アタックを打った選手にとって、決まると思っていたはずのプレーが失敗したとき、「ボールを打つ」「ブロックされる」「ボールがコートに突き刺さる」という3つが同時に起きたような錯覚を覚える。このような選手の当事者心理はほかのどんなスポーツでも実際にプレーしたことがあれば感覚的に分かるものだろう。
 もちろん、それを描くためには技法としてのテクニックも必要となる。
 アタックを打とうとした瞬間、ブロックの手が突然目の前に現われるシーンを描こうとすれば、その手の輪郭を実線ではなく太い破線にすることで選手の心理により近づける。細かい作業であり、時間もかかるが、そうした手間をかけなければ読者を登場人物の中に引き込めないと大島は言う。
「絵を追っていくだけで、どこにボールが向かっていて、選手がどう動いて、それが次にどうなっていくかが伝わるようであることが大事。セリフがなくてもすべて分かるぐらいの絵が描ければ究極ですね。セリフはどうしても解説になってしまいがちですから」
 この言葉には大島のスポーツを描く漫画家としての自負が強くにじみ出ている。そして、目指すべき場所もまた高い。
「映像に匹敵するスピード感を出すのがスポーツ漫画でアクションを描く上での使命だと思っています。漫画なら映像のカメラが絶対入っていけないアングルを目の前で見せられますしね」

 大島は1分、1秒という時間単位で勝負しようとしているわけではない。読者を登場人物の中に引き込み、心象風景を見せることで可能となる「感覚意識のスピード」で勝負しようとしているのだ。
「漫画の中でプレーしている選手と同じ気持ちになれるように、読者の気持ちが登場人物の中に入っていけるように導くことを常に考えています」
 スポーツ漫画が「観る」ということについて、映像とも、また写真とも違う理由がここにある。アングルは第三者の目で見ているようであっても、そこに描かれているのは選手の心に映る風景なのだ。

<了>

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著者プロフィール

1974年千葉県生まれ。千葉大学工学部卒業後、会社員を経てフリーランスライター。「人間の表現」を基点として、サッカーを中心に幅広くスポーツを取材している。著書に『日系二世のNBA』(情報センター出版局)、『サッカープレー革命』『サッカートレーニング革命』(共にカンゼン)がある

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