心象風景を描く漫画家・大島司氏=バレーボール漫画『アタック!!』

五味幹男

未熟な世代を限りなく自由にして成長を描く

『アタック!!』は大島にとってスポーツ漫画第3作目に当たるが、いずれも舞台となるのは高校だ。
「高校の部活を舞台にしているのは、成長が必要な年代だからです。そこには勝ち負けだけでなく、人間としての成長があります。私はそこを描いていきたい。その意味で、自分のためだけでなく、仲間のためにという尊さもあるという点で団体競技の方が魅力的です」
 大島は連載2作目で個人競技のテニス漫画を描いているが、やはりそこでも団体戦を中心にしようと考えていたという。

 人間の成長を描く上では、有能な監督が不在で、部員だけで強くなるという設定にも明確な意図がある。
「未熟な子供たちがどうなっていくか。私の場合、それを描こうとすると指導者が邪魔になってしまうことが多いんですね。この年代の子供たちにとって監督は絶対の存在。命令されて引っ張られてしまうと子供たちが動けなくなってしまうんです。結果が求められるプロスポーツを描くならば指導者がいることで逆に面白くなるかもしれませんけどね」

 大島は子供たちを縛らないことに対して徹底している。それは社会的な縛りにも対してだ。劇中には高校生なのに居酒屋に行ったり、ヘルメットをつけずオートバイを乗り回したりといった場面が出てくる。こうした記述はひと昔前のスポーツ漫画には当たり前のように見られたが、最近では珍しい。
 もちろん、そこには20〜30代の読者を対象とする青年誌で連載しているという理由があるかもしれない。だが自分の高校時代を振り返ってみれば、それが決して特別なことではないことに気づく。やってはいけないと言われることをやってしまうのも未熟さであり、この世代だけが持つ魅力なのだ。大島はそれを描いている。
 そして、大島は恋愛についてもストーリーから外したくないという。
「人間関係の種類にはいろいろあります。恋愛もそのひとつ。誤解があって、けんかして、反省して、謝って。好きなのに嫌いといってみたり。そんな人間の本能部分が思いっきり描けるのが恋愛なんです」
 好きな子に見てもらいたいから頑張る。なんとなく笑ってしまいそうなことを本気でやってしまえるのもこの世代ならではだ。
 日本のスポーツから排他的な根性主義が薄れつつあるとはいえ、スポーツ漫画における恋愛との両立は簡単ではない。恋愛部分が盛り上がり過ぎてしまえばスポーツ漫画として認められなくなってしまう可能性すらある。大島はこの部分についても折り合いをつけながらなんとか融合させる道を探っている。

 ひとりの人間に対して描かれる感情の種類が多ければ多いほど、そのキャラクターは読者にとって身近な存在になる。
 あるいは、大島があらゆる角度からこの世代のありのままを描こうとしているのは、彼らの感情や気持ちに仕切りがないからなのかもしれない。休日の時間を「プライベート」と呼んで仕事と区切ったり、愛想笑いを使い分けるといった大人の器用さを彼らは持ち得ていない。スポーツも恋愛も学校生活も家庭の事情も、そのすべてが同じ世界の出来事であり、素直につながっている。

「敵キャラクターも読者がこっちにも勝ってほしいと思えるように描きます。それは私自身も同じ。どっちが勝つのか負けるのか、次の展開を描きながら自分の心が揺れるぐらいその世界に入り込むことが私にとって大事なんです」
 大島漫画の特徴のひとつに、少ない部員がそれぞれの才能を結集させていくという構成がある。それが単なる足し算ではなく掛け算になっているように感じるのは、1人ひとりの登場人物が濃密に描かれているからなのかもしれない。

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著者プロフィール

1974年千葉県生まれ。千葉大学工学部卒業後、会社員を経てフリーランスライター。「人間の表現」を基点として、サッカーを中心に幅広くスポーツを取材している。著書に『日系二世のNBA』(情報センター出版局)、『サッカープレー革命』『サッカートレーニング革命』(共にカンゼン)がある

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