F・トーレス、途中交代の裏にあるもの=スペイン 4−1 ロシア
アトレティコとリバプール、あるいはリーガとプレミアの違い
しかしその使命感は、自由奔放にゴールを狙うエゴとは両立しなかった。
「俺がやらないといけない」との思いが強過ぎ、ゴールセンスまで曇らせた。
地元メディアは「トーレスの存在が大きくなりすぎて、彼がひとたび調子を落とすとチームも調子が悪くなる依存症が起きている」と書き立てた。本人も、「自分がアトレティコの障害になっている」と告白するようになり、やがて想いを振り切るようにリバプール移籍を決断したのである。
そして今シーズンは公式戦で33得点。1試合平均1.36ゴールという圧倒的な得点率で、トーレスはくすぶっていた得点感覚を取り戻した。スペイン代表DFで、リバプールでも同僚のアルベロアはこう証言する。
「トーレスは縦に対する速さと強さを持っている。それがプレミアリーグのスタイルと合ったんだ。チームメートが彼の良さを生かして、簡単にゴールを決めてくれた」
実はリーガ・エスパニョーラ時代、いくら彼が動いてもパスが出ないシーンはしばしばあった。リーガの攻撃は、中盤の選手が一度前にいるFWに対してくさびを打ち、FWからパスを引き出し、それをサイドに展開、あるいは裏に出す場合が多い。リーガでは手数をかけることで、トーレスの動きは空転していたが、プレミアは縦に対する意識が強いだけに、トーレスが動けば瞬間的にボールは出てきたのである。
「マークを外し、裏のスペースに走り込むと早いボールが出てくるのでやりやすい」と本人も告白しているが、瞬時にトップギアに入るスピードは、縦に速いフットボールを信奉するプレミアの方が適していたのかもしれない(余談だが、プレミアの縦に速いプレーに慣れていたアンリは、バルサで不振にあえいだ)。
スペイン代表におけるトーレスの存在意義
トーレスはスペイン代表として、ユーロで恐るべき潜在能力を発揮できるのか。
スペイン代表は手数をかけて攻撃するだけに、「トーレスは孤立している」と批判するマスコミは少なくない。確かに、ロシア戦もそういうシーンがないわけではなかった。しかし一つだけ断言できる。それは、彼が自分のエゴを昔よりも操れる選手になったということだ。ゴールに対する執着心はそのままに、チームの一人として仲間の良さも引き出す。先制点はまさにその象徴だった。
その証拠に、ロシア戦、3得点で大車輪の活躍を見せたビジャは、真っ先に2トップの相棒であるトーレスへこんなメッセージを送っている。
「前半の試合展開は本当に良かった。トーレスが何度もマークを外して起点になることでチャンスになっていた。(ピッチから見て交代を命じられた)あいつはがっくりきていたようだったから、(これからスペインが勝ち上がっていく上で)チームに必要な選手なんだぞ、ということを伝えたかったんだ」。3点目をたたき込んだ直後、ビジャはベンチにいたトーレスに駆け寄り、抱きついた。それは仲間として、信頼の印だった。
24歳になった恐るべき赤ん坊は、プレースタイルの違いをも超越する。すでに産声は上げた。世紀のビッグトーナメントがゆりかごを揺らす。
<了>