我那覇和樹、ピッチ外の勝利と終わらない戦い〜ドーピング禁止規定違反をめぐる問題〜
WADAコードとJリーグの規程
この我那覇の件は、そもそもJリーグの規程によって裁かれているため、最終的な判断は、Jリーグの規程に照らして成されたのだが、その前段階として、2007年のWADAコード(規程)に照らした判断が述べられているというのは前述した通りである。つまり我那覇が犯したとされるドーピング違反について、二段階に渡って判断をしている訳だ。繰り返しになるが、その点についてJリーグ側は、「(2007年のWADAコードに対し我那覇に対する処置は)正当な医療行為であったことを認容することについてはそういう意向になることもあるかもしれないところ」と訳している。つまり今回の審理では2007年のWADAコード(規程)に照らした判断を避けたと結論づけたのである。
一方、我那覇側は、「(2007年のWADAコードに対し我那覇に対する処置は)正当な医療行為に該当することを認める心証を持つことができる」として、パネルとして2007年のWADAコード(規程)に照らして正当な医療行為だとの判断を下したと結論づけているのである。
それを踏まえ、ではJリーグの当時の規程で今回の我那覇の件が裁けるのかどうかが判断されている。それが「スポーツ仲裁裁判所(CAS)裁定書(http://www.j-league.or.jp/pdf/20080528-02.pdf)」における48項になる。この部分について上柳弁護士が会見で説明している。意味が変わらないように文章を整えて引用してみる。
「今回はJリーグの規程によって裁かれているため、最終的にJリーグの規程がどうだったのかということになる。そこから言えば『正当な医療行為であると言うことも判断するまでもなく、我那覇さんは潔白であり、処分すべきではない』と、(裁定書は)こういう流れになっている」
ではなぜ「判断するまでもない」と論じられるのだろうか。その点についても上柳弁護士は説明している。
「そもそもJリーグの方で何が罪になるのか、はっきりしていなかった。つまり何が罪になるのかを事前にちゃんと言っていないで、人を罪に陥れるということはできない。だから実際にJリーグがいうドーピング違反があったのかなかったのか、ということを考える必要はない。また(Jリーグのドーピング違反に関する)規程があいまいだし、説明もあいまいだったのだから、そのあいまいさを、しかも医学的な判断が分からない我那覇選手に負わすことはできないと。
刑法でもすごくあいまいな規程だと、法律があいまいだからその規程を元にして処罰できないと、こういう考え方があるんですが、それですね。(犯罪の)構成要件があいまいだから、処罰はできないと、そういう考え方ですね」
つまりWADAコードに照らして潔白であると判断され、さらにJリーグの規約に照らした場合、違反か否かの判断をするまでもないとされたわけである。この認識について弁護団の土井香苗弁護士は次のように説明している。
「判断を避けたとは私たちは考えておらず、パネルとしては2007年のWADAコードのドーピングには該当しないという心証を得ることができた、と書いてあるわけですから、判断はしたわけです。しかし、主文になる(制裁に対する)取り消しを、直接的に導き出す理由というのは、今回の場合、二つあり得たわけなんです(2007年のWADAコード、並びにJリーグの規程)。その一つのJの規程、ドーピング禁止規定の方から直接的に(我那覇に対する制裁の)取り消しを導いたという意味では、そちらの方に重点があるとは思いますが、判断はしたと、ということです」
つまり我那覇側は、我那覇の全面的な勝利だとの認識を持っていることになる。ちなみにそう結論づける根拠の一つとして、提示された裁定結果の内容がある。Jリーグ公式サイト内の「スポーツ仲裁裁判所(CAS)裁定結果について(http://www.j-league.or.jp/release/000/00002409.html)」から引用するが、今回の裁定に関する主文は以下の通りだ。
◆川崎フロンターレ 我那覇和樹選手の申立てに対するスポーツ仲裁裁判所(CAS) 裁定結果
1.「本件上訴」は認容され、「上訴人」が公式試合6試合から出場停止されるべきであるという2007年5月10日付の「相手方」により「上訴人」に対して課された制裁は、取り消される。
2. 2.1 CAS法廷事務局によって決定され送達されるところの本件仲裁の費用は、「相手方」が負担するものとする。
2.2 「相手方」は、本件仲裁手続の関係で「上訴人」が蒙った法的及びその他の費用について20,000米ドルの金額を寄与的に負担するものとする。
2.3 「相手方」は、自己の費用を負担するものとする。
ちなみに過去のCASの判例をひも解いても、裁定の一方の対象者に対し、費用を支払うよう促した主文は無かったという。
帰らない過去。重い金銭的負担
また我那覇個人が背負うことになった金銭的な負担も莫大なものがある。国内の裁定機関が使えなかったことにより、本来のパネルの運営費に加え、通訳の費用などがかさむことになった。その結果CASからの請求額は2320万円に達しているという。またここに弁護費用などを加えた総額は4500万円になるという。現在、Jリーグ選手協会やチームの垣根を越えたサポーター有志による募金活動が続けられており、1600万円ほどが集まっているとのことだが、まだまだ費用の全額にはほど遠い。
しかしこの巨額の費用について我那覇は「自分でどうにかしないとダメだと思います。親戚や身内にお願いしてでもどうにかしたい」と話していた。なかなか1人でどうにかできる額ではないが、誰にも恨み節を言うことなく、前向きに話す姿勢が印象的だった。身銭を切ってもいいから自身の潔白を証明し、サッカーが好きだというもうすぐ4歳になるという息子さんのためにも、という強い気持ちが表れていた。
<了>
筆者より追伸
・Jリーグ選手協会 募金特設ページ(期間を7月31日まで延長)
http://www.j-leaguers.net/ganaha/index.html
・ちんすこう募金(次回は5月31日に等々力で行われる川崎vs.札幌戦で予定されている)
http://www.bulteada.com/tin.html
・ちんすこう募金の会場 (市営等々力グラウンド入口 バス停前)
http://map.yahoo.co.jp/pl?lat=35.58048006&lon=139.65189768&sc=2&mode=map&type=scroll
(※携帯では見られないリンク先がございますのでご了承ください)