チーム愛を貫いて
ルイ・コスタ、ベンフィカに魂を宿し続けた18年間
現役最後の試合に、息子2人とともに登場したルイ・コスタ
現役最後の試合に、息子2人とともに登場したルイ・コスタ【Photo:ロイター/AFLO】

 ルイ・コスタはいつも列の最後尾についてピッチに入場してくる。これは彼の試合に入る前の言わばジンクスである。「サッカーを始めた幼いころ、僕のアイドルはベンフィカのカルロス・マヌエルだった。彼はいつも一番最後にピッチに出てくるんだ。それがとてもカッコよく見えてね。だから僕もまねするようになったんだ」

 しかし、“現役最後の日”となった5月11日に万雷の拍手の中、ピッチに最初に姿を現したのは、2人の息子の手を引いた赤い背番号「10」のユニホームだった。

 最後の最後で自らの試合前の“儀式”にまでもピリオドを打ち、真っ先に、愛してやまない「ルス・スタジアムの住人=ベンフィキスタ」たちに手を振った。

 相思相愛のクラブも最高にエモーショナルな舞台を演出した。ホームのルス・スタジアムのバックスタンドには、1階席すべてを覆い隠す「OBRIGADO RUI(ありがとう。ルイ)」と書かれた横断幕、サポーターもいつもの「ベンフィーカ!」の代わりに声を枯らして「ルイ・コースタ!」と叫び続けた。

 この日の主役、ルイ・コスタの胸に去来するものは果たして何だったのだろうか。

最後はベンフィカでキャリアを終えたい

 ルイ・コスタはつくづく運のない男だと思う。愛して止まないクラブに戻ってきた最後の2年間も、やはり「サッカーキャリアの最後の花道を飾る」ものとは程遠い2年間だった。

 2006年5月25日、ルイ・コスタは「最後はベンフィカでキャリアを終えたい」という約束どおり、自身がプロデビューを飾ったクラブへ12年ぶりに戻ってきた。

 入団会見で「12年間“家”を留守にしてごめんよ。12年前と変わらぬルイのプレーを見せることを約束するよ」と切り出したルイ・コスタだが、すぐに「ただ、僕はベンフィカの救世主になれるとは思っていないし、ポジションを約束されているわけでもない。だからチームの勝利のために戦う一選手に過ぎないと思っているよ」と謙遜(けんそん)している。

 さらに「(ベンフィカに)戻ってきたのは、ポルトガルが恋しくなったからでも、ポルトガルの太陽を浴びたくなったからでもないよ(笑)。とにかく自分の“家”であるベンフィカで最後はプレーしたかったんだ。だからここでは、プロとして自分のすべての情熱を注ぐし、歓喜もたくさん味わいたいと思う。だから、ファンのみんなもスタジアムに来て応援してくれるなら、僕と同じ情熱で応援してほしいし、僕と同じように歓喜を味わってほしい」と、ベンフィカ愛を吐露した。


 引退を考え始めたルイ・コスタにとっては、やはり「最後にひと花咲かせたい」と期するものがあっただろう。実際、同年8月22日のチャンピオンズリーグ(CL)本戦出場を懸けたオーストリア・ウィーンとの予備戦3回戦では、豪快なミドルシュートで先制ゴールをたたき込み、ポルトガル国民はルイ・コスタが「まったく輝きを失っていないこと」を再確認することになる。ホーム、ルスでの1994年5月21日以来、12年ぶりのゴールに、翌日のポルトガル紙上では「魔法が戻ってきた!」の文字が踊った。

 ところが、この試合でルイ・コスタは右足太ももの筋肉を傷めてしまう。さらに2週間後の国内リーグ開幕戦となったボアビスタ戦に、けがを抱えたまま強行出場したことが裏目に出てしまう。10月1日、約1カ月ぶりの復帰戦となったアベス戦でもやはり試合後に右足太ももの違和感を訴えたルイ・コスタ。それ以来、彼はピッチから姿を消すことになる。


 そもそもこのルイ・コスタの負傷離脱が長引いた原因が、チームドクターと理学療法士の初診の誤診によるものだというのだから、ベンフィキスタのみならず、ポルトガル国民、国内メディアの怒りは爆発した。さらにその怒りの矛先は最初にルイ・コスタを診た理学療法士をブラジルから連れてきたポルトガル代表監督のスコラーリにまで及んだ。本人の心の内は推して知るべしである。

 それでも、ルイ・コスタはこのことをメディアに黙して語らず、シーズンの大半を退屈で辛いリハビリに費やした。

サポーターによる引退撤回の署名活動

 そして、開幕前に「90%、僕のラストシーズンになるだろう」と語り、新たな気持ちで臨んだ今シーズン。やはり前年と同じく、ホームスタジアム、ルスでのCL予備戦3回戦コペンハーゲン戦で2ゴールを決めると、リーグ開幕4試合でも2ゴールをマークし、公式戦6試合を消化して4ゴールと、イタリア時代も含め過去最高の滑り出しを見せた。


 しかし、今度はチームが崩壊してしまう。ルイ・コスタが2ゴールを決めたコペンハーゲン戦の直後に監督のフェルナンド・サントスが解任。新たにホセ・アントニオ・カマーチョを監督に迎えたが、カマーチョも今年3月9日のウニオン・レイリア戦の試合後に辞任した。1シーズンで2回の監督交代劇という失態を演じてしまったベンフィカは、リーグ、UEFAカップ、ポルトガル・カップと、“お家騒動”と並行するようにひとつ、またひとつと狙えるタイトルを失っていった。


 それでも、今シーズンは最後の試合を前に、国内リーグでは28試合、2297分にわたって住み慣れた「10番」のポジションでタクトを振るい続けた“マエストロ”(ルイ・コスタの愛称)。これは今シーズンのベンフィカのフィールドプレイヤーでは最多の出場時間である。

 引退を決めた選手とは思えないハイパフォーマンスを見せ続けるルイ・コスタに対して、今年2月21日には「ルイ・コスタはいつもベンフィカのカリスマ。“マエストロ”、僕らにあと1年音楽を奏でてくれ!」というメッセージがベンフィカのサポーターグループのサイトに掲載され、このグループのリーダー、ロウレンソ・メンデスを中心に「引退撤回」の署名活動がインターネット上を中心に高まりを見せた。

 それでも1週間後のベンフィカの創立104周年の記念パーティーで、初めて「今シーズン、ベンフィカでキャリアを終えることを許してくれたすべての人に感謝したい」と、あらためてルイ・コスタの口から「引退確定」のコメントが聞かれた。

鰐部哲也

1972年10月30日生まれ、三重県出身。2004年から約4年間ポルトガルのリスボンに在住し、日本人初のポルトガルスポーツジャーナリスト協会会員としてポルトガルサッカーを日本に発信。昨年8月に日本帰国後は、故郷の四日市市でブラジル人相手のポルトガル語の通訳、翻訳、生活相談員の仕事に従事しながら、サッカーライターへの復帰を模索する毎日である。

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