『股旅フットボール』 地域リーグから見たJリーグ「百年構想」の光と影
地域リーグはクラブの幼年期である
地域によって状況が違うし、時期によっても変わってきますが、ファジアーノ岡山の場合、私が初めて取材した2006年1月時点では全然盛り上がっていませんでした。当時、サポーターが駅でビラまきをしても、住民に振り向いてもらえませんでした。その後、1年10カ月が経過して、全国地域リーグ決勝大会まで勝ち上がってくると、サポーターの数が全然違っていて大いに驚かされました。
地域リーグを取材していて面白いのは、ちょっと目を離すとチームが激変していることです。選手や監督が入れ替わるだけでなく、クラブや街の状況ががらっと変わったりします。例えば、子供を育てているとそういった驚きを感じることがあると思いますが、それに近いんじゃないかと思います。Jリーグのクラブはそれほど劇的に変化することはありません。ある意味、成熟していますから。地域リーグはクラブの幼年期だと感じています。だから成長がすごく早いんです。ちょっとした出会いやタイミングで、クラブの状況は大きく変化します。ただ、そうした情報はニュースとしてわれわれのところまでなかなか届かないわけですが。
――地域リーグのクラブを大きく変化させるもののひとつに、全国地域リーグ決勝大会の存在があります。地域リーグと決勝大会の関係性についてはいかがですか
4月22日に、2008年の大会概要が発表されました。レギュレーションはかなり複雑になっていますが。重要なことは、これは概要には書かれていないことですけれど、今大会に関しては辞退してもペナルティーがないらしい、ということです。地域リーグのクラブには、上のカテゴリーを目指さないクラブも存在します。JFLに昇格した場合、経営破たんしてしまうクラブが出てくるからです。経営規模の小さいクラブの中には、全国規模のリーグ戦に耐え切れないところも出てくる。ところが今までは、この大会を辞退すると出場資格を失うなどのペナルティーがありました。ところが今回のレギュレーションではそれが明記されていません。これは案外、重要な要素ではないか――ということを、ある方がブログで指摘していました(笑)。
――地域リーグとJFLをつなぐ重要な大会ですから、誰もが納得できるものにしてほしいですよね
昨季の大会では、あるクラブの監督が地域決勝の試合会場に来ていませんでした。仕事があるからという理由です。そういうチームもあるわけです。地域決勝というのはJFA(日本サッカー協会)と全国社会人連盟主催の大会で、良くも悪くもアマチュアのための大会なんです。それをいつまでもJリーグ、JFLへの登竜門にしていていいのかという疑問はあります。その上のJリーグと社会人連盟がこの問題について、どれだけ討議しているのかは定かではありませんが。
地元のクラブを誇りに思えるということ
日本でも確実に地域発のサッカー文化は根付いてきていると思います。今まで日本のサッカーは、Jリーグ開幕や2002年の日韓ワールドカップ(W杯)といった大きな物語が続いてきました。けれども、これからの日本サッカーでは、大きな物語というものはなかなか出てこないと思います。浦和レッズもアジアチャンピオンになりました。今後は、クラブW杯でJリーグのクラブが優勝する、あるいは日本代表がW杯でベスト4に入るというようなことでもない限り、大きな物語とはなり得ないのではないかと思います。ですから、今後はもっと身近な物語に身を委ねようとする人々が増えてくるのかなと思っています。地域リーグを見ていると特にそう感じますね。日本代表や浦和レッズは遠い存在で、メジャーであこがれでもあるわけですが、今後はもっと身近で心の底から応援できるクラブを熱烈にサポートするカルチャーが主流になるのではないでしょうか。上を目指そうが、目指すまいが、あるいは目指そうとしてなかなか上に行けなかったとしても、そこから新たな歴史が刻まれていくのだと思います。
――地元のクラブを意識するようになってきているということですね
そうです。今まで、東京とか首都圏だけが注目されていて、地域はそれを追随するだけという状況が続いてきました。でも、今は東京に出てきた人でも地元に応援するクラブがあって、それを誇りに思えるようになっている気がします。「故郷は遠きにありて思うもの」ではないですけれど。
バブル以降、首都圏と地域の間に少しずつ格差ができてきて、それがこの10年くらいですごく大きくなりました。取材で地方都市に行くと、駅前にある商店街のシャッターが閉まっている。日本中が寂れていて「この国は本当に大丈夫なのか」と感じることがたびたびでした。そういったなかで、サッカーで盛り上げていこうとする動きがあるのはすごく大切なことだと思います。もちろん限界もあるし、夢を見過ぎている部分があるかもしれないけれど、それでも地元にサッカークラブがなかったら、夢を託せるものがなかったら、日本はさらに幸の薄い、つまらない国になっていたのではないでしょうか。
自分のすぐ身近には、こんなに楽しいサッカーの風景がある
本をまとめていくなかで、これは絶対に本として世の中に出さなければいけないという使命感みたいなものがありました。まずは、取材させていただいたクラブ、フロント、選手、サポーターへの恩返しの意味も含めて、1つの成果として1つの本に昇華したかった。そして、日本のサッカーは日本代表やJリーグだけじゃないってことを声を大にして主張したかった。地域のクラブを通して、そこにある風景や風土、さらには歴史も見えてくる。そうした面白さを伝えたかったですね。
私自身も日本のサッカーについては目に入っていない部分はたくさんありました。ただ、ちょっと目を凝らせば、自分のすぐ身近にはこんなに楽しいサッカーの風景があるのだと気づかされたんです。これから日本サッカーが成熟していくためには、身近なものを大切にして応援していくことだと思います。マザー・テレサだったと思いますが「世界平和を望むのであれば、早く家に帰って家族に尽くしなさい」という言葉があります。「日本サッカーを愛するものであれば、まずは地域を愛しなさい」って……私が言うと説得力がありませんが(笑)。
――ただ、そういった意識が日本全国で少しずつ大きくなってきている
偉そうな言い方が許されるのなら、日本サッカー協会およびJリーグの方々にもぜひ読んでいただきたいと思います(笑)。そして、たまには地域リーグにも目を向けていただきたい。JFAの川淵三郎会長を始め、日本サッカーをここまで育て上げてきた人たちは素晴らしい功績を残しました。Jリーグを作ったことは21世紀の日本に絶対に必要なことだったし、これからの100年を考えたときに、Jリーグがなかったらもっと夢のない国になっていた、もっとまずい状況になっていたかもしれません。そういう意味では百年構想の理念を私は大いに評価していますし、それを断行した人々を尊敬もしています。
ただその結果、地域にどのような影響が出ているのかをJFAハウスの方々にはもっと知ってほしいと思います。それは良い面も悪い面も含めてです。そのためには地域リーグは良い参考になると思います。実際に地域リーグを自分の目で見て、現状を知ることが大切だと思います。部下からのリポートを読むだけじゃなく、できればお忍びという形で見ていただきたいです。
Jリーグ百年構想が始まって10年以上が経ちますが、その過程がどんなものであるかは、JFAハウスにいても分からないと思います。地域リーグを見ることで、その地域独自の課題や成果が見えてくる。それをまたJリーグなり、代表なり、あるいはキャプテンズミッションなどにフィードバックしていけば、さらにいい循環が生まれるのではないでしょうか。
Jリーグが開幕して16年。日本サッカー界は大きな変化を遂げてきた。その大きな流れの中で、私たちが普段目にすることは少ないけれど、日本サッカーの根幹には、常に変わらずサッカーを楽しんでいる人々がいて、それぞれの地域でリーグ戦が繰り広げられている。選手として、あるいはサポーターとして、サッカーが生活の一部である幸せをかみしめながら、毎週スタジアムへと足を運ぶ。そんな人々の日常を描いた『股旅フットボール』を通じて、彼らのサッカーに対する情熱を少しでも身近に感じられたら、あなたも新しいサッカーの風景に出会えるのではないだろうか。地域リーグはあなたのすぐ隣にあるのだから。
<了>