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羽生直剛インタビュー「伝えるために。借りを返すために」

 日本代表候補の合宿が15日、鹿児島県指宿(いぶすき)でスタートした。ランニングで汗を流す集団の中には、同日ジェフ千葉からFC東京への移籍が発表されたばかりの羽生直剛の姿もあった。

 羽生といえば「オシム・チルドレン」の代表格。今回のFC東京の移籍に関しても「オシム監督と同じ理想を持つ」城福浩新監督の存在が大きな決め手となったことは、羽生自身もホームページで打ち明けている。その才能と経験は、城福監督率いるFC東京でも存分に発揮されるだろう。


 それでは、クラブ以上に生存競争が激しい代表チームでは、どうだろうか。

 周知のとおり、病魔に倒れたオシムに代わって、新たに岡田武史が代表監督に就任した。新指揮官に率いられて、今年から始まるワールドカップ(W杯)予選に臨む日本代表。そこで「オシム・チルドレン」筆頭ともいえる羽生は、従来どおりの存在感を示すことができるのか。あるいは岡田監督の目指すサッカーに、戸惑いを見せることになるのだろうか。


 そのヒントとなりそうなのが、今回のインタビューである。インタビュアーの望月公雄氏が高校時代の指導者ということもあり、ここでの羽生はいつも以上にリラックスして、自身のサッカー観やオシムから受けた影響、さらにはアジアカップでの葛藤について語っている。ちなみにインタビューが行われたのは、昨年の11月28日。まだオシムが病床にあり、岡田新監督就任が「ほぼ確実」とメディアで報じられていたころである。その点を留意しながら、読み進めていただきたい。(スポーツナビ編集部)

オシムが起用した理由

 彼はかつて、私の教え子だった。今から10年前の1998年1月、八千代高校はベスト4を目指して戦っていたが、後の日本代表に多くの選手を輩出した帝京高校に敗れ、惜しくも国立にたどり着けなかった。このとき、現在のポジションでもあるトップ下でプレーしていたのが、八千代高校3年生の羽生直剛である。夢破れて帰るバスの中で、運転手の私が引退する3年生にできる唯一のことは、最寄りの駅で下ろすことではなく、1人1人に「ご苦労さま。そして、この悔しさを人生に生かしてくれ」と話し、自宅近くに送って行くことであった。試合が終わって2時間近くが過ぎたころ、延々と泣き続ける羽生を、最後に自宅近くに送っていった。

 あれから10年の月日が経った――。


「えー、望月さん取材できるんですか?(笑)」

「正直言って、プレッシャーかかるな。おれ、本業はカメラなんでね」

 そんな会話で取材は始まった。


――イビチャ・オシム監督にはいつから使われ始めた?


「監督が(ジェフに)来て最初はベンチだった。(2003年)3節でチームが大敗して、4節から使ってもらった。ポジションはトップ下。それから約3年、オシムさんの下でやった」


――羽生がチームに入って、オシムは何人目の監督?


「オシムさんは2人目。2年目から」


――なぜ、監督が使ってくれたのだろうか?


「うーん、まずは運動量が豊富。あとは頑張れる。監督が『まずは、やってくれ』と言った。その『まず』と言った部分を持っていたんじゃないかな。当時は自分よりうまい選手が多くいたし、使われたのはその、『まずは』の部分があったから。そこを監督が評価してくれたのでは」


――具体的に、その“頑張れる”とは?


「走れたり、攻守ともにつないだり、チームのためにそれができたからだと思う」


――オシムが代表監督になって、日本代表デビューはその2戦目だった


「確か、ホームのイエメン戦から出た」(※2006年8月16日のアジアカップ最終予選。羽生は、後半開始から出場した)


――オシムからは、後半に使われることが多かったけれど、それは前もって「おまえは後半から」と言われて?


「いや、オシムさんはそんなことを言う人ではないので。先発では使わない理由があって使わないだけで、流れを読んで使われる。その試合の状況によって」


――それでは、なぜ後半から使われることが多いのか、自分なりに分析してはどうかな?


「うーん、あくまでも仮の話として、うまい選手だけどあまり動かない選手を11人選んだとして、それがチームとして機能するかと言ったらそうではない、とオシムさんは思っている。それが前半だったとしたら(試合があまり動かなかった時など)やはりどこかでチームに動きを出したり、相手を混乱させようと考える。流れを変えようと思った時に、動きの量とかを期待されて、自分が選ばれたと思う」

「代表でいたいと思う。ほかの監督でも」

――残念ながらそのオシムが脳こうそくで倒れ、岡田監督になった。その辺はどうかな


「単純に考えて、代表に呼ばれるのは難しいと思う。監督としても、やはり自分をよく知っている、性格やいろいろと知っている方がやりやすいと思う。岡田さんとはそれがないので、難しくなる」


――呼ばれたら呼ばれたで、またそれはそれで……って感じかな


「うん。もちろん、オシムさんのサッカーをまねするわけではなく、岡田さんが考えるサッカーがあるので。特に自分の今やっているサッカー(動き)は、好き嫌いがはっきりする特殊なもの。でも、オシムさんが起用してくれた選手として、違う監督でも呼ばれることで、オシムさんに何かを伝えることができたり、日本のサッカーに対してオシムさんのサッカーが正しいんだと思ってもらえる。そのためには、自分が代表として呼ばれて、たとえ好き嫌いがはっきりする選手でも、代表でいたいなと思う。ほかの監督でも」


――自分は日ごろ(ドイツ在住のため)欧州のサッカーを見てきて、Jリーグの試合はほとんど見ていないけれど、羽生の試合は日本から送られてくるビデオでだいたい見ている。非常に相手が嫌がる動きをするし、今までの代表にいないタイプじゃないかな。特に動きで1手先を読むのではなく、3手先を読んで動いているのが羽生だと思う。面白い選手だと思う。ちなみに、2006年ワールドカップ(W杯)の前、ジーコとはどうだったかな。代表に呼ばれた?


「一回予備登録はあったけれど、一緒に練習をやったわけではないし、自分が当てはまるチームではないと感じていた。ジーコさんの考えるチームがあるし、実は今でも自分が代表レベルではないと感じている。ジーコさんのチームは、ボールを持っている時にいいプレーができる選手を選んでいると思ったし、逆にその時自分は、ボールを持っていない時の動きを要求されていた。自分もその動きを強調していてプレーしていたので、ジーコさんには呼ばれないと思った。でも、実際に名前を呼ばれた時にはびっくりした」

望月公雄

静岡県清水生まれ。ドイツ在住のジャーナリスト。ここ数年のドイツ代表の試合は、テストマッチを含めほとんど取材している。ドイツプレス協会主催のサッカーの試合(必ずテストマッチの時にある試合)で、元ドイツ代表のビアホフ(現ドイツ代表チームマネージャー)を、いつかは削ろうと日々考えているが、やっぱり羽生くんみたいにいかないなと反省ばかり。スポーツ取材はサッカーを中心に陸上競技、オリンピック、パラリンピックなど

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