ベッカムの移籍と代表監督の「よき鈍感さ」 東本貢司の「プレミアム・コラム」

東本貢司

イングランド代表監督マクラーレンの“軟化”

イングランドの代表監督マクラーレンは、スペイン戦後に態度を軟化させ始めている。ベッカムらベテランの代表復帰はなるだろうか 【 (C)Getty Images/AFLO】

 ある新聞報道によると、日本国政府のその筋の大臣は「外国で本来のカタチからかけ離れた日本料理を出す飲食店が多いことを憂いて、正しい和食を広めるために海外の店に政府が“お墨付き”を与える制度作り」を思い立ち、何とすでにそのために2億7000万円もの予算を取り付けた揚げ句、今年中にも実施されるように運ぶ見通しだという。
 仮にも国家の意志を代表する立場にある人々の、思慮の浅い言動や独り善がりな“マニフェストらしきもの”の発動(未遂ばかり?)は今に始まったことではないが、どうにも間が抜けた話ではないか。記事は訴えている。そこまで力んでわざわざ国費を使うまでもなく、「よき鈍感さ」で世界各地に芽吹いた和食文化を見守ってはどうか、と。

 そんなことを考えるにつけ、イングランド代表監督スティーヴ・マクラーレンの姿に、就任直後から見え隠れしていた「力み過ぎによる“氷の鎧”」が今、溶け始めていることを見て素直に喜ばしく、今後のスリー・ライオンズ(イングランド代表)の行く末に大いに期待を抱かせるものだと思う。
 これまでのマクラーレンには明らかに、ひたすら「エリクソン色」を消そうと躍起になった節があった。その端的な表れが「脱“エリクソンの恋人”ベッカム」だったことは論をまたない。「若返り」という、それなりに説得力のある金科玉条(※)もあろう。ヴェナブルズをアシスタントコーチという名のお目付け役に“押しつけられた”ことが、無意識にそれに拍車をかけたかもしれない。あるいは、彼自身が当初は本命ではなく、ヒディンクやルイス・フェリペ・スコラーリに逃げられた上での“滑り止め”だった屈辱の念がなせる、一種の(FA・イングランド協会への)意趣返しの意味でもあっただろうか。

 いずれにせよ、先のスペインとのフレンドリーマッチ敗戦後から、マクラーレンはいくつかの現実の“壁”を危機感を持って実感したのか、明らかにそれとなく態度を軟化させ始めている。ミドゥルズブラ監督時代の配下にいたマッシモ・マッカローネらに「二枚舌の嘘つき」呼ばわりされ、「戦術家としてはともかく、プレーヤー心理掌握の点で失格」となじられたのも、少しはこたえたのかもしれない。
 マクラーレンがのっけに掲げたのは、「もっと(代表の)メンバーと一緒にいる時間が欲しい」との理由で、実際は協会の資金稼ぎの意味合いが濃いフレンドリーマッチを削減すること。これには、ひょっとしたらいまだ残るFAへの“遺恨”が働いている節もなくはなさそうだが、包括的にはもっと重大な意図が隠されていると思われる。

※金科玉条(きんかぎょくじょう):最も大切な法律・規則。絶対的なよりどころとなるもの

ベッカムらの代表復帰はあるか

 スペイン戦後、同試合でマッチキャプテンを務めたスティーヴン・ジェラードは、「チームに意志の疎通がない」ことをやや言い訳めかして指摘した。だが、これは具体的には「ここで来るだろう決定的なラストパスやクロスがほとんどなかった事実」を指しており、暗にその点をチーム全体で話し合い、確認し合う必要性を呼び掛けたのである。
 どうやら、マクラーレンはこれに動かされたようだ。そこで、単に指揮官とピッチ上のプレーヤーたちという機械的な関係を脱して、いわゆる合宿状態の中でプレーヤーたちと密に触れ合える機会を作ってほしいと訴えたいのだろう。

 そして、このフレンドリー削減を進言する意志を公にしたタイミングこそ、まさに、レアルのファビオ・カペッロが(軟化して)ベッカムをレアル・ソシエダ戦のスタメンに復帰させ、ベッカムがトレードマークのFKで直接ゴールを決めたゲームの直後だった。
 マクラーレンはいみじくもこう語っている。
「ベッカムやデイヴィッド・ジェイムズ、ソル・キャンベルには、(代表)再招集されるチャンスが十分にある。私の方から、彼らに(代表引退の)引導を渡すことはあり得ない」
 ちなみに、マクラーレンは“同じ”週末、ポーツマス−マンチェスター・ユナイテッド戦をライヴ観戦しており、ジェイムズ、キャンベルの活躍に胸を打たれたと述べている。

 筆者は以上の一連の“事実”を、今のところ、マクラーレンがあえて「よき鈍感さ」を持とうと腹を据えた、くくったのだと解釈している。例えばそう、自分が「“彼ら”の心理を、現状をすべて把握していると思い込んではいけないのだ」とか。下手で独り善がりな想像力(=先入観)は、かえって自らを過つ落とし穴にもなり得る。むしろ、肩の力を抜いて気楽にやるべし。
 反骨の名文記者として知られた朝日新聞の門田勲氏は、あるかば焼きの老舗でさんざん薀蓄(うんちく)や能書きを聞かされ、うんざりして思わずこうつぶやいたという。
「いい加減なやつを気楽に食べさせてほしい」
 もし、マクラーレンがこのエピソードを聞いたら、彼は何をどう思うだろうか。

<この項、了>

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著者プロフィール

1953年生まれ。イングランドの古都バース在パブリックスクールで青春時代を送る。ジョージ・ベスト、ボビー・チャールトン、ケヴィン・キーガンらの全盛期を目の当たりにしてイングランド・フットボールの虜に。Jリーグ発足時からフットボール・ジャーナリズムにかかわり、関連翻訳・執筆を通して一貫してフットボールの“ハート”にこだわる。近刊に『マンチェスター・ユナイテッド・クロニクル』(カンゼン)、 『マンU〜世界で最も愛され、最も嫌われるクラブ』(NHK出版)、『ヴェンゲル・コード』(カンゼン)。

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