フットボール史に記された特別な一日 東本貢司の「プレミアム・コラム」

東本貢司

生まれ変わったフットボールの聖地ウェンブリー・スタジアム 【 (C)Getty Images/AFLO】

 2007年3月24日はひときわ特別な一日だった。もちろん(幸か不幸か)、それは“悩める”マクラーレン・イングランドが、お世辞にもすばらしいパフォーマンスとは言えない内容でイスラエルと引き分けたゲームを指してのことではない。フットボールというスポーツの歴史に深く関わる厳粛にして意義深いイベントが、記録書のページに記されたからだ。それも、二つ。

ニュー・ウェンブリーの柿落とし

 まず、何はなくともニュー・ウェンブリーの記念すべき「柿(こけら)落とし」。何をもって“正式”と称するかという議論も若干ありそうだが、この、ようやく落成に至った“ブランニューな聖地中の聖地”で現実に(フレンドリーとはいえ)試合が行われたことは紛れもない事実であり、オープニングセレモニー後のBGMには、あの、歓喜と“自虐的ユーモア”が込められたポップでノスタルジックなユーロ96テーマソング、バディール/スキナー&ザ・ライトニング・シーズの『スリー・ライオンズ』が、ピッチに歩み出た両チームを高らかに迎えたのである。

 ホストはもちろん、新監督スチュアート・ピアース(ただし、ピアースはこの日、マンチェスター・シティーの“仕事”が外せず不在。代わりにシティーの副官、ナイジェル・ピアソンが指揮を執った)、およびウェスト・ハムの若きキャプテン、ナイジェル・レオ=コーカー率いるイングランド。対するはイタリア。来る夏のU−21(21歳以下)ヨーロッパ選手権でともに優勝候補と目される両代表イレブンこそ、新ウェンブリーの幕開けを飾る栄誉に浴した誇らしい戦士たちであり、そして繰り広げられたゲームそのものも後世の記憶に残るスペクタクルでドラマティックな展開で5万5000の観衆を酔わせた。
 イングランドびいきとしては少々残念だったのは、ニュー・ウェンブリーの門出を祝す初ゴールを、イタリアの新世代エース、ジャンパオロ・パッツィーニに奪われたことだ(せめて、ジュゼッペ・ロッシだったらまだ許せたのに?)。ちなみに、これは旧時代も含めたウェンブリー史上最速のゴールだそうだ。

 結果は3−3の、いかにもフレンドリーっぽいドロー。イングランドが追いつき、逆転し、追いつかれ、再びリードを奪い、またしてもイーヴンに持ち込まれるという、中立で観戦する立場にとってはまさに堪えられない展開だった。一見してイタリアの全得点をマークした恐るべきゴールハンター(実際、アズーリ・フル代表の誰だったかが「やばいな」とうめいたとかうめかなかったとか)、パッツィーニの“ハーフ”ワンマンショウのようでもあったが、ヤング・スリー・ライオンズの方もそう捨てたものではない。
 特に、試合を持ち直す最初の同点ゴールを直接フリーキックで決めたデイヴィッド・ベントリー(アーセナル育ち、ブラックバーン所属)は、少し前から「ベッカム二世になり得る素材」とささやかれ始めていた前評判を、最高の形で証明してみせた。そう言えば、このベントリー、FAカップでは見事に古巣に恩返しをしたことになる。また、3得点目のスコアラーで、同じくブラックバーンで今年に入ってからめきめき売り出し中のマット・ダービシャーも、走れるストライカーとして頼もしいアクセント役になってくれそうだ。
 近い将来、以上の3名はそれぞれアズーリ、スリー・ライオンズの兄貴分たちに加わる可能性はかなり高いと見た(でも、あぁ、そうなると、ベッカムの復活の目も薄くなってしまうのかなぁ……)。

ゲイリック・フットボールの聖地開放

 さて、歴史的イベント第二番はアイルランド共和国のダブリンで行われたユーロ予選、対ウェールズの一戦。ここでも主役は“舞台”そのものだった。すなわち、いつものランズダウン・ロードにあらず。その名は「クローク・パーク」。サッカーファンにはたぶん聞き慣れない響き。さもありなん。このクローク・パークこそ、アイルランド人がこよなく愛する“至高の国技”ゲイリック・フットボールの誇るべき聖地なのである。そしてアイリッシュたちは、征服国イングランドが創始したフットボール(サッカー)がこの神聖な競技場を“汚す”ことを、頑なに拒み続けてきた。そのタブーがついにこの日、2007年3月24日に解かれたのだ。

 まさに「新たなる歴史の幕開け」。むろん、民族的には同胞ともいえるウェールズを迎えるこの試合に“巡って”きたのも決して偶然ではあり得まい。そして、こちらの方は歴史的祝祭にふさわしい偶然というべきか、ホームチームに勝利を運んで「クローク・パークの柿落とし」に忘れられない花を添えたスコアラーが、その名も「スティーヴン・アイルランド」とは、また話が出来すぎている。

 ちなみに、アイルランドはピアース率いるマンチェスター・シティーのニューフェイス。なんだか妙にブラックバーンとシティー“づいて”いるここまでの筋書き……そう言えば、ブラックバーンの現監督は元ウェールズのエース、マーク・ヒューズ。あぁ。

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著者プロフィール

1953年生まれ。イングランドの古都バース在パブリックスクールで青春時代を送る。ジョージ・ベスト、ボビー・チャールトン、ケヴィン・キーガンらの全盛期を目の当たりにしてイングランド・フットボールの虜に。Jリーグ発足時からフットボール・ジャーナリズムにかかわり、関連翻訳・執筆を通して一貫してフットボールの“ハート”にこだわる。近刊に『マンチェスター・ユナイテッド・クロニクル』(カンゼン)、 『マンU〜世界で最も愛され、最も嫌われるクラブ』(NHK出版)、『ヴェンゲル・コード』(カンゼン)。

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