「バンコク決戦」2日前の光景 表情に明るさが戻った日本代表

宇都宮徹壱

「追われる立場」としてのプレッシャー

タイ代表の出待ちをする地元のファン。最終予選に進出したことで、代表人気は急上昇している 【宇都宮徹壱】

 UAE戦での手痛い敗北から2日後、次のタイ戦が開催されるタイの首都・バンコクにやって来た。この地を日本代表が訪れるのは、2010年ワールドカップ(W杯)3次予選が行われた08年6月以来、実に8年ぶり。私自身は、その2年後にも現地のサッカーを取材する機会があったので、6年ぶりの再訪である。

 熱帯モンスーン気候特有の蒸し暑さ、風物詩とも言える交通渋滞、そして屋台から漂ってくる甘ったるい匂いは相変わらずだが、高級車や富裕層向けの店は明らかに増えている。経済成長が著しいASEAN(東南アジア諸国連合)。それでもサッカーではまだまだ負けるはずがないと思っていた。しかしそうした自信も、アジア最終予選初戦の敗北の衝撃で、にわかに揺らいでいる。

 バンコク滞在1日目の夜、現地の駐在員や日本から来たサポーター数人と食事をする機会があった。現地在住の方の情報によれば、試合当日のチケットは現在とても入手しにくい状況にあり、ネットオークションでは数万円の価格で売買されているという。8年前の試合では、6万5000人収容のラジャマンガラ・スタジアムはかなり空席があったと記憶する。しかし今回は久々の最終予選進出ということもあり、タイ国民の関心もかつてないほど高まっているようだ。ちなみに初戦のサウジアラビアとのアウェー戦は、試合終盤にPKを献上して0−1で敗れたものの、タイは中東の実力国を相手に互角の戦いを見せていた。これまで楽に勝てていたタイのイメージは、いったん忘れたほうが良さそうだ。

 UAEに初戦で敗れたことで、日本がW杯初出場を果たした1998年フランス大会予選を知る古参サポーターの間から「ジョホールバル級の感動」を期待する声もある。だが、同席した代表ゴール裏の住人は「あの時はW杯出場にチャレンジする立場でしたが、今回は追われる立場ですからね。プレッシャーがぜんぜん違いますよ」と語る。まったくもって同感だ。チームとしての戦力と経験値では、まだまだ日本にアドバンテージがあるものの、追いかける立場からすれば、もはや絶望的な距離感ではない。UAEがアウェーで日本に勝利したことは、タイをはじめとする今後の対戦相手にも勇気を与えたはずだ。今回の最終予選が、過去の戦いと大きく様相が異なることをあらためて痛感する。

「負けた雰囲気は日本に置いてきた」

UAE戦から3日が経過し、選手の表情にも笑顔が。清武は「負けた雰囲気は日本に置いてきた」と語る 【宇都宮徹壱】

 タイ戦2日前の9月4日(現地時間)、日本代表はバンコク市内のスタジアムにて、17時30分より1時間のトレーニングを行った。公開されたのは冒頭の15分のみ。戦術面に関して、どのような練習が行われたのかは不明だが、選手の表情に明るさが戻っていることは確認できた。敗戦から3日が過ぎ、ミーティングや自問自答を重ねる中で、自分たちの置かれた立場を受け入れ、それぞれが今なすべきことを十分に認識したのであろう。現在のチームの雰囲気について、森重真人は語る。

「みんな切り替えて、次の試合に向けて準備しているし、こういう時だからこそみんなで話し合う機会も多くなりました。それをポジティブにとらえて、みんなで意見を出し合いながら、良い雰囲気になっていると思います」

 A代表のタイとの対戦は8年ぶりだが、リオ五輪世代のメンバーは今年1月のAFC U−23選手権でタイと対戦して4−0で勝利している。それぞれのタイの印象を紹介しよう。

「そんなに身長は高くないけれど、フィジカル的にタイトにくる選手がいたり、走れる選手がいたり、身体能力の高さでサッカーをしているイメージがあります。18番の小さい選手(チャナティプ・ソングラシン)が起点となっているということは監督からの話にもあったので、そのへんは警戒すべきポイントかなと」(遠藤航)

「ひとりひとり技術は高いし、動きの速さや俊敏性は高いものを持っているという印象はあります。しっかりボールを動かして裏を突いたり、ポゼッションから崩したりすることはできると思う。(崩せるという)イメージは持っています」(浅野拓磨)

 UAE戦では左MFでスタメン出場し、本田圭佑の先制ゴールをアシストしたものの、コンディションが万全でなかったため途中交代となった清武弘嗣は、現地の湿度にいささか参っている様子。「少し動いただけで汗が出る。慣れるのに時間がかかりますね」と語る一方で「負けた雰囲気は日本に置いてきた」と前向きな姿勢を見せていた。左MFの人選は、ボランチの一角と並んで、ヴァイッド・ハリルホジッチ監督が最も悩んだポジションだ。コンディションが戻りつつある清武に再び託すのか、それとも異なる人材を起用するのか。指揮官の決断に注目したい。

 最後に、ピッチ外での印象的な出来事を。練習を終えた日本代表をひと目見ようと、この日は「出待ち」のファンを数多く見かけたが、その前に練習を行ったタイ代表にもサインや撮影目当てのファンが多数出待ちをしていて、いささか驚いてしまった。少し以前まで「タイの人々にとってのサッカーは、テレビで見るプレミアリーグ」と言われたものだが、タイ・プレミアリーグの成功が反映される形で、現地ではちょっとした「代表ブーム」が起こっている。試合当日のラジャマンガラは、日本にとって想像以上のアウェーの雰囲気に満たされることだろう。アウェー席で応援する現地組の健闘を祈る。
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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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