宮本恒靖がボスニアにアカデミーを設立 サッカーで民族融和を目指す

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ボスニア・ヘルツェゴビナにスポーツアカデミーを設立する宮本恒靖が活動の目的を語った 【スポーツナビ】

 元サッカー日本代表の宮本恒靖が、ボスニア・ヘルツェゴビナの紛争地モスタルに、異なる民族の子どもたちが共にサッカーなどを学べるスポーツアカデミー「マリモスト(現地語で『小さい橋』の意)」の開設を進めている。

 きっかけは2012年から通ったFIFA(国際サッカー連盟)とCIES(国際スポーツ研究機関)が運営する修士課程、「FIFAマスター」の最終プロジェクトだ。宮本を含む5人のグループで「ボスニア・ヘルツェゴビナのモスタルに、民族融和と多民族共栄に寄与するような子ども向けのスポーツアカデミーを設立できるか」という研究を発表した。この発表がメディアを通じて世に出た結果、外務省やJICA(国際協力機構)、UNDP(国連開発計画)といった多くの関係機関が興味を示し、プロジェクト実現に向けて動き出した。

 彼はなぜ聞き慣れない「民族融和」という問題に興味を持ったのだろうか。異国の地で何を成し遂げようとしているのだろうか。今回のプロジェクトに込められた思いを宮本が語った。

通常とは異なるアカデミーの目的

建物の壁にある銃痕など、モスタルは今も戦争当時の面影を残す 【(C)Little Bridge Japan】

――まず、民族の対立というのは日本ではなじみがありません。具体的にどんな状況なのでしょうか?

 ユーゴスラビア紛争に伴って、ボスニア・ヘルツェゴビナでも1992〜95年にかけて内戦がありました。それまでボスニア系、セルビア系、クロアチア系の人はみんな仲良く暮らしていたのに、分かれて戦争を始めました。モスタルには若くして亡くなった人たちのお墓がたくさん並んでいて、建物の壁は銃痕だらけですし、今も戦争当時の面影を残しています。

 内戦のしこりは人々の意識にもまだまだ残っていて、それは実際に現地に行ってみて感じるものがたくさんありました。子どもたちにも親から伝わっているものがあると思いますし、住んでいる区域が民族によって違う。お互いに交わらないようにする意識がまだあるようでした。

 クロアチア系の人たちには、隣国のクロアチアから投資があるんですよ。クロアチア系住民が住んでいる区域はショッピングセンターなんかがある。一方でボスニア系の人たちが住むところにはそういう施設は全くない。お金が入ってこないので、経済的な面でも差はありますね。

 そういう状況をスポーツの力で変えることはできないかと考えていた中、今回のテーマが出てきました。

――アカデミーで具体的に何を伝えていくのでしょうか?

 子どもたちには、スポーツを通して互いをリスペクトするとか、フェアプレーの精神や、チームスピリットを学ぶことにつながると思います。一緒になって戦うことって、スポーツをしていたら自然と身に付くじゃないですか。例えば、クロアチア系民族の人だけが一緒にプレーをしていても成り立つかもしれないけれど、そこで3民族が一緒になっていれば、自然とそういう関係になっていくはずです。

 そういう入口があれば大人になっても、「あいつは違う民族だから……」ということにはならないのではないかと思います。そういう願望も含めて、スポーツだけをやらせるのではなくて、教室でのレクチャーというか社会的な価値を教える場を含めて、やっていく時間を作りたいと思います。

――設立に当たって影響を受けたり、モデルとしたアカデミーはありますか?

 すべてとは言わないですけれど、世界にある多くのアカデミーはプロ選手の輩出を目指しているので、僕らのアカデミーとはちょっと目的は違いますね。

 10年前に発表されたFIFAマスターの最終プロジェクトでは、イスラエルとパレスチナの子どもたちが、2週間一緒にキャンプをして交流をはかることで、それぞれの対立を融和することが可能か、という仮説を立てた研究テーマに取り組み、実際、夏場に2週間、イスラエルとパレスチナの子どもたちが参加するサッカーキャンプを実施しています。

 でも自分たちは一時的なイベントを実施するというテーマではなく、ちゃんとしたクラブハウスなどの施設も建てて継続的に運営していけるアカデミーの運営というのを目的としてやっている点が違います。ハード面がきちんと整備されて、プログラムの内容はもちろん、運営費やスタッフなどソフト面でもうまくいくようにしたい。それができれば、もちろん地域の歴史や情勢に合わせたマイナーチェンジは必要ですが、同じようなモデルで他の地域でも展開できるのではないかというのは理想として考えています。

平等にできることがスポーツの魅力

宮本は現地に行くたびにサッカークリニックを実施。そこでは民族間の対立を感じなかった 【(C)Little Bridge Japan】

――彼らにはどの程度の競技レベルを求めるのでしょうか?

 アカデミーがどんどん充実して、ある程度の競技レベルに育ってもらえればいいですが、プロ選手を育てるとかを目指すつもりはありません。以前から地域で活動しているクラブと利害関係というか、対立することはないようにしています。元からあるクラブとも共存共栄して、グループとしてどこかの大会に出られるといいなとは思っています。

――アカデミーはどのくらいの規模になるのでしょうか?

 現在のところ、7〜12歳の子どもたちで合計80名くらいを呼ぼうとしています。プレオープンのイベントなどで徐々に地域での活動を行っていますが、本格的な募集はこれからです。

 子どもたちを呼ぶための工夫も必要ですし、このアカデミーに行かせることは意味のあることだと子どもたちの親にも伝えていかないといけない。アカデミーのイベントを今週末の11月7日にも実施するんですけれど、まだまだスクールの実態はなくて、クラブハウスの施設も出来上がっていない。現在もアカデミーを認知してもらうための活動を継続してやっています。

――一緒にサッカーをやってみて民族間の対立は感じましたか?

 子どもたちとサッカーをやっていると、民族間の対立はあまり感じません。ボスニアへ行くたびに3つの民族の子どもたちを交えてサッカークリニックを実施していますが、試合になったらみんな一生懸命やっている。スポーツになると民族は関係なく、平等にできるのが魅力だと思います。

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