“BHB”備える田中将大に運命を託す 不安な復帰戦はプロローグにすぎない
立ち上がり不安定も立て直しは評価できる
復帰登板は5回4失点で勝敗つかず。序盤は不安定だったが、最後は立て直した 【Getty Images】
「全然ダメでした。全部が良くなかった。ぐちゃぐちゃでしたね」
現地9月30日(日本時間10月1日、以下現地時間)、本拠地でのレッドソックス戦で復帰登板を果たしたヤンキースの田中将大にとって、答えは間違いなく前者だったのだろう。
制球が定まらなかった初回にトラビス・ショーに3点本塁打を打たれ、3回にもデービッド・オルティスの適時打で1失点。5回までに95球を投げて5安打、4失点という結果は、順風満帆とはとても言えまい。
もっとも、右太もも裏の張りを訴えてローテーションを一時的に外れた田中にとって、この試合は9月18日以来のマウンドだった。だとすれば、序盤にある程度のばらつきが出るのは仕方ない。本人が何と言おうと、強風の厳しい環境に悩まされ、魔球スプリッターにも普段のキレがなかった状況下で、徐々に立て直していったことは評価されてしかるべきである。
「次にマウンドに上がるときには今日より絶対に良くなっている。今日の登板を経て、そう思います」
満足できる内容ではなかったことを反省しつつ、試合後には自信を感じさせる言葉も漏れた。レギュラーシーズン中では最後になることが確実な先発機会は、今後に待ち受ける重要な舞台への“試運転”でもある。そう考えたとき、尻上がりに調子を上げた5イニングは収穫の大きなものではなかったか。
結局、この日のヤンキースは延長11回の末に5対9で競り負け、ポストシーズン進出決定はならなかった。同日、オリオールズとのダブルヘッダー第1戦に勝った時点でブルージェイズがア・リーグ東地区優勝を達成。しかし、ヤンキースもワイルドカード争いでは2番手のアストロズ、エンゼルスに3ゲーム差をつけており、プレーオフ進出自体は間違いない状況である。
田中が持つ「Brain」「Heart」「Balls」
泣いても笑っても1試合きりゆえ、特に先発投手には甚大なプレッシャーがのしかかるワイルドカード戦。見ている者の心臓にも悪いビッグゲームの先発マウンドに、ジョー・ジラルディ監督は田中を送り出す心づもりのようである。
今季12勝9敗(防御率4.24)のマイケル・ピネダ、8月にメジャー昇格以降、潜在能力の高さを印象付けてきたルイス・セベリノも、一部から先発候補に挙げられたこともあった。しかし、ヤンキース首脳陣の間では、田中が常に断然の最有力候補であり続けていたように思える。
ピネダは不安定、セベリノは経験不足という他の投手たちの事情も考慮されたのだろう。ただ、それ以上に、渡米以降の田中の実績が評価された上での判断であることも間違いあるまい。
「私たちが選手評価に利用する20〜80の尺度で言うと、去年の田中のスプリッターは75〜80という最高レベルの持ち球だった。それが今季は60〜65に落ちている。去年はどのチームでもナンバーワンが務まるレベルだったが、今では2〜3番手。ただ、たとえそうだとしても、田中は頭の良さ(Brain)、ハートの強さ(Heart)、そして度胸(Balls)という大舞台に立つ投手に必要な3つの要素を備えている。ビッグゲームを任せたいと思える投手であることに変わりはない」
ナ・リーグの某チームのスカウトが筆者に語った田中評は、すべてが好意的なばかりではなかった。12勝7敗、防御率3.51という今季の数字は、確かに“優勝を狙うチームのエース”として胸を張るものではないのかもしれない。
しかし、それでも重圧で身も凍るような一発勝負を任せるのなら、やはり田中のような投手。「Brain」「Heart」「Balls」の3つがそろった日本人右腕だったら、絶好調ではなくとも試合を壊すことはない。そんなスカウトの言葉は、多くのヤンキースファン、関係者の思いを代弁しているようでもある。