薄暮の甲子園をまもなく夜の闇が包み込もうとしていた頃、高校野球１００周年の夏を彩ったブラスバンドの演奏や虎党の大声援も聞こえない“聖地”からは、白球とバットの音だけが響いていた。静けさの中にある非日常的風景は、この一戦が特別なものであることを何より物語っている。

　８月２６日、２日後に開幕するＵ−１８ワールドカップ（Ｗ杯）に出場する高校日本代表が、その壮行試合として大学日本代表と対戦した。日の丸を背負った両者が対峙（たいじ）するのは、史上初めてのことだった。

「侍ジャパンの意義として、ファンの観たい対戦を増やすことが野球人気拡大につながっていきます」

　そう語ったのは、野球日本代表「侍ジャパン」を運営するＮＰＢエンタープライズの今村司社長だ。数時間後に迫った壮行試合を前に、今村社長もファンのひとりに戻っていた。

「ベンチを見渡すと、選手たちが楽しそうにしている感じが伝わってくるでしょ？　それこそがスポーツの醍醐味。ファンはもちろん、本人たちが一番楽しみに思っているでしょうね」

　この夏、高校野球は例年以上の盛り上がりを見せた。清宮幸太郎（早稲田実高１年）やオコエ瑠偉（関東一高３年）というニュースター候補が台頭し、小笠原慎之介が東海大相模を４５年ぶりの優勝に導いた“余韻”は、まだ続いている。高校生の代表チームが史上初の世界一を懸けて、Ｕ−１８Ｗ杯に臨むのだ。

　８月２０日に選手が発表されると、侍ジャパンの公式ホームページは１６０万ＰＶを記録。ＮＰＢエンタープライズの事業部兼広報部の加藤謙次郎氏によると、それ以降も日々８０万ＰＶくらいで推移している。昨年１１月、トップチームによる日米野球が行われた頃には月間１０００万ＰＶを記録したが、それを超える勢いだという。

　そんな彼らを後押しすべく、「ドリームマッチ」として組まれたのが壮行試合の大学日本代表戦だ。ユニバーシアードに臨む直前、ＮＰＢ選抜と対戦したことが力になったという善波達也監督（明治大監督）は、高校日本代表に対して同じ役割を果たすつもりだった。

「私は大学代表を率いて、ユニバーシアードで勝ちました。『こういうチームが金メダルを取れるんだぞ』というものを高校生に対し、プレーのなかで見てもらいたいと選手に伝えて試合に臨みました」

　指揮官の気持ちをくみとった選手たちは、初回から高い壁となった。表の攻撃で北村祥治（亜細亜大４年）のそつのない走塁を絡めて２点を先制すると、裏の守りでは先発の田中正義（創価大３年）が圧倒的な力を見せつけた。
　先頭打者のオコエに対し、１５３キロ、１５２キロ、１５３キロのストレートを続けて、１度もバットを振らせずに三振に斬って取る。積極性が持ち味のオコエにとって、３球続けて見逃しての三振は野球人生で記憶にないものだった。

「ショートバウンドになるかと思って見逃したら、そのままストライクで。『えっ？』って。手を出そうと思わないコースに来ました」

　力でねじ伏せられたオコエだが、これまでにない豪球を体感したことで気持ちが高ぶる。それが生きたのが、田中と再戦した次の打席だ。１ボール、２ストライクから高めに浮いたスライダーをレフト前に弾き返した。

「１５０キロ超えの真っすぐを張っているなかで、あのスライダーに対応できたのはこれからも自信になります」