金沢と今治、それぞれの天皇杯 1回戦の注目カードを考察する

宇都宮徹壱

昇格と天皇杯との間で揺れてきた金沢

今季のJ2の前半戦を大いに盛り上げた金沢。実は天皇杯でのエピソードは事欠かない 【宇都宮徹壱】

 今年も天皇杯の季節がやってきた。今大会の各都道府県代表チームや組み合わせもすべて出そろい、あとは8月29日と30日の開幕戦を待つばかり。毎年、この大会を1回戦から追いかけている私だが、トーナメント表を見渡してすぐに目に飛び込んできたのが、石川県西部緑地公園陸上競技場で30日16時キックオフのツエーゲン金沢(J2)とFC今治(愛媛県)の対戦である。今季はJ2昇格1年目にもかかわらず、一時は首位に立つなど全国レベルでの話題を提供してくれた金沢。そして、元日本代表監督の岡田武史氏がオーナーを務めることで、こちらも何かと話題になった今治。この両者の顔合わせは要注目である。

 ホームの金沢は、北信越リーグに所属していた時代から個人的にウォッチしていた、思い入れのあるクラブである。金沢は2006年に将来のJリーグ参入を高らかに宣言したものの、その後4シーズンにわたり地域リーグで過ごすこととなった。当時の北信越リーグは金沢の他にも、松本山雅FC、AC長野パルセイロ、そしてJAPANサッカーカレッジといった上を目指すクラブがひしめいており、「地獄の北信越」とも「無駄に熱いリーグ」とも言われていた。結局、金沢と松本が09年に、長野が10年に、それぞれ地域リーグ決勝大会(以下、地域決勝)を突破するまで、こうした状況は続くこととなる。

 そんな金沢だが、天皇杯に関しては不思議と好成績を残している。過去8回の出場で、地域リーグ時代に2回、そしてJFL時代に1回、合計3回も格上を破って3回戦に進出しているのだ。その中でも、特に個人的に記憶に残っているのが08年大会。この年の金沢は、1回戦でSAGAWA SHIGA FC(延長戦の末4−3)、2回戦でカターレ富山(2−1)とJFL勢を連破し、2大会連続で3回戦にコマを進めている。ところが肝心の昇格争いについては、北信越リーグは3位に終わり、全社(全国社会人サッカー選手権大会)予選も突破できず、またしても地域決勝への道を断たれてしまう。

 リーグ戦の肝心なところでは勝てないのに、なぜか昇格に関係のない天皇杯では勝ち進んでしまう。当時の金沢は、そんなジレンマを抱えたチームだった。それでも彼らは、決してモチベーションを下げることなくJ2のFC岐阜に挑んでいったのである(結果は0−1)。すでに昇格の望みを断たれていた金沢が、天皇杯での勝利を渇望していた理由は2つ。まず、「このメンバーで長く戦いたい」という選手たちの思い(結局、3回戦で敗れたため、彼らのシーズンは10月12日で終わった)。そしてもうひとつは、スポンサー対策(4回戦に進出すれば注目度が高まり、新たなスポンサーを獲得できるかもしれないという淡い期待があった)。いずれも天皇杯のひとつの断章である。

J1王者を打ち負かした今治の知られざる背景

今治の木村監督。12年の天皇杯で広島に勝利した指揮官は、どんな戦略で臨むのか? 【宇都宮徹壱】

 対するFC今治の天皇杯の挑戦は、09年から始まる。ただしこの時は『愛媛FCしまなみ』という名称で、J2・愛媛のアマチュア下部チームという位置づけだった。以来、連続して愛媛県代表として天皇杯に出場しているものの、1回戦を突破するのが精いっぱい。そんな彼らが、天皇杯で旋風を巻き起こしたのが、現在のFC今治(当時の表記は『FC.IMABARI』)と名前を変えて臨んだ12年大会の2回戦であった。相手はカテゴリーが3つ上のサンフレッチェ広島。そんな見上げるような格上に対して、今治は2−1というスコアでアップセットを達成したのである。

 言うまでもなく広島は、この年にJ1で優勝を果たしている。しかもこの試合のスタメンは、得点王となった佐藤寿人をはじめ、千葉和彦 、森脇良太 、塩谷司 、森崎浩司、高萩洋次郎といったそうそうたる名前が並んでいた。それだけに今治の起こしたジャイアントキリングは、当時のメディアを大いに賑わせたわけだが、今治の実情について取り上げたメディアはそれほど多くなかったと記憶する。私自身は、福山で行われたこの試合は見ていない。が、その前年(11年)の全社で、「愛媛FCしまなみの最後の試合」というものを現場で見ている。その時点で、チームが愛媛から外部に移管される話はオープンになっていなかったが、試合に敗れて悲嘆に暮れる選手とサポーターの姿を見た者は、すべてを察することができた。

 その後、クラブ名がFC今治となり、木村孝洋新監督が就任。しかし当初、チームはわずか3人で始動したという。Jクラブである愛媛との関係が途切れたことで、プロへの可能性を模索していた選手たちが相次いで流出したことが原因だった。現在の今治が、ほんの3年前にはこのような状況でスタートしていたことは、ここであらためて銘記されてしかるべきだろう。念のため申し添えておくと、天皇杯で伝説的なアップセットを演じた木村監督は、今もチームを率いている。

 かつて、なかなか地域リーグから脱せないまま、それでも愚直なチャレンジャーとして天皇杯に挑み続けた金沢。そんな彼らも、今ではJ2で旋風を起こす存在となり、ホームに“格下”を迎えることとなった。とはいえ相手は、地域リーグ所属ながら、話題性ではちょっとばかり上手(うわて)の今治。オーナーの知名度もさることながら、最近になって山田卓也と市川大祐という元日本代表を補強していて侮れない。過去の天皇杯に彩りを加えてきた両者が、この1回戦でどんな戦いを見せてくれるのか。私も大いなる期待感をもって、その時を迎えることにしたい。
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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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