フォルラン加入は幸福なことだったのか=J2・J3漫遊記 セレッソ大阪<前編>

宇都宮徹壱

5年前のW杯を思い出させる光景

金沢戦でのフォルラン。この日はフル出場したものの無得点に終わり、チームも今季初の敗戦に終わった 【宇都宮徹壱】

 試合前のアップを終えたディエゴ・フォルランが、スタンドの観客に笑顔で手を振っている。そしてその後ろから大股で歩いてくるのはカカウだ。元ウルグアイ代表と元ドイツ代表。私はかつて、両者がワールドカップ(W杯)のピッチで相対する光景を目撃している。南アフリカはポート・エリザベスで行われた3位決定戦。カカウは後半28分までプレーしてベンチに下がったが、フォルランは後半6分に鮮やかなジャンピングボレーを披露し、大会5ゴール目をゲット。試合はドイツの勝利に終わったが、フォルランはこの大会の得点王とMVPに輝いている。

 雨の中で乱反射する照明灯の光、そしてブブゼラの音。5年前のポート・エリザベスの記憶から現実に引き戻される。ここは大阪のキンチョウスタジアム。そして今日は2015年4月11日だ。第6節終了時点で3勝3分け0敗の4位につけているセレッソ大阪は、今季からJ2に昇格したばかりで5位と大健闘を見せているツエーゲン金沢をホームに迎えていた。昨年、フォルランの加入で日本中のサッカーファンから注目されながら、悪夢のようなシーズンを終えて3回目となるJ2降格を余儀なくされたC大阪。それでも主力選手の流出は限定的なものにとどまり、今季はW杯スコアラー3人(フォルラン、カカウ、そして今季加入の玉田圭司)を擁する豪華な陣容でJ1復帰を目指していた。

 試合が始まってみると、攻めるC大阪、守る金沢という構図は揺るぎないものに感じられた。C大阪は前線のフォルラン、カカウ、そしてパブロによる正確なサイドチェンジからたびたびチャンスを作るが、金沢の手堅く勇敢な守備に阻まれてなかなか先制点を奪えない。そうこうするうちに前半38分、金沢の佐藤和弘に見事なミドルシュートを決められ、1点ビハインドでハーフタイムを迎える。後半になると、相手の反撃をたびたび許すようになり、後半32分には痛恨のPKを献上。これを得点ランキングトップの清原翔平に決められ、格下相手にあっけない敗戦を喫してしまった。

 試合後のミックスゾーンに現れたフォルランは、明らかにいら立っていた。当然だろう。今季初の敗戦、自身の連続ゴールも2試合で途切れてしまったのだから。メディアからの質問に、言葉少なく応じて立ち去る後ろ姿を見送りながら、再び5年前の南アフリカに想いは飛ぶ。私は当時、「もしもフォルランが現役生活の最後に日本でプレーしてくれたら、どれだけ素晴らしいことだろう」とコラムに書いている。だが、その夢が現実となった今、私は戸惑いを隠せずにいる。果たしてフォルランのC大阪加入は、当人とクラブ双方にとって、本当に幸福なことだったのだろうか。

フォルランをめぐるさまざまな証言

練習を見守る白沢通訳。「若い選手がディエゴにどうしても遠慮するとこがあった」と昨シーズンを振り返る 【宇都宮徹壱】

 リーグ戦26試合に出場して7ゴール。これが、昨シーズンのフォルランの成績である。90分間フル出場したのは、わずかに9試合。9月に入ってからは一度もスタメン出場はなく、最後はベンチ外でチームのJ2降格を見届けることになった。いくら残留争いに巻き込まれ、その間2回も監督が変わったというチーム事情があったとはいえ、南アフリカW杯の得点王・MVPに対する処遇としては少なからず疑問が残るところではある。今季よりクラブ社長に就任した玉田稔は、「これはあくまで結果論ですが」と前置きした上で、こう語る。

「去年の開幕前、フォルラン効果とセレ女(C大阪を応援する女性)で大いにウチは話題になりましたが、終わってみたらJ2降格。その間、フロントも現場もいろいろと手を打っていたと思いますが、全体の総意として同じ方向に向いていなかったというのが反省点ですね。本当に監督を2回も変える必要があったのか? 監督を変えるにしても、せっかく連れてきたフォルランを意地でも使い続ける監督を呼ぶべきではなかったのか。まあそれも極端な話ではありますが(苦笑)、そんなことは今でも考えていますね」

 フォルランを取り巻く現場の雰囲気はどうだったのだろうか。「ガンジーさん」の愛称で知られるC大阪の名物通訳、白沢敬典はこう振り返る。

「去年の後半戦は、なかなか出場機会を与えられませんでしたが、それまではどの試合でも強い気持ちを出しながらプレーしていましたね。また、あれだけのキャリアがありながら、ディエゴは常に謙虚でしたし、加入した当初から『自分を特別扱いしないように』と言っていました。プロアスリートとして自分を律することにも心を砕いていましたし、まさにお手本だったと思います。ただ、若い選手がディエゴにどうしても遠慮するとこがあって、そこはもったいなかったなと。私としても、できるだけ円滑にコミュニケーションがとれるように心がけていたんですけれど……」

 フォルランの評価は、サポーターの間でも決して肯定的なものばかりではなかったようだ。それは、ある古参サポーターのこんな証言からもうかがい知ることができる。

「シーズンが終わった時、フォルランへのサポーターのメッセージを集めたんです。それをスペイン語に翻訳して、アルバムにして本人に渡したんですよ。あの時、シーズンいっぱいでの退団が濃厚と思われていました。そのこと自体は仕方ないにしても、フォルランには日本のことを、そしてC大阪のことを嫌いになってほしくなかったんです。それでネットで募集したら110件くらい集まったんですけれど、中には『お願いだから辞めてください』とか『金返せ!』みたいなアンチの人もいましたね。もちろん、多数派ではなかったですけれど。あのアルバム、フォルランは今でも持っていますかねえ……」

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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