フォルラン加入は幸福なことだったのか=J2・J3漫遊記 セレッソ大阪<前編>

宇都宮徹壱

「日本が好きという気持ちに変わりはない」

インタビュー中のフォルラン。「私はずっと日本という国が大好きだったし、その気持は今も変わらない」 【宇都宮徹壱】

 金沢戦から3日後の火曜日、C大阪の練習場とクラブハウスがある舞洲にて、フォルランのインタビュー取材が設定された。指定された時間は朝の8時半からジャスト30分間。久々に緊張する取材現場である。通訳を伴ったフォルランは、約束の時間の5分前に登場。およそラテンらしからぬ帳面さに感心しながらインタビューがスタートする。まずは今季の好調の要因について。

「(昨シーズンと比べて)環境が良い。監督(パウロ・アウトゥオリ)がポルトガル語で直接アドバイスしてくれるのもありがたい。チーム内の雰囲気も良いし、組織としてよくまとまっていると思う。それは監督のおかげでもあるし、彼の指示を選手がきちんと遂行できている。おかげで私も、ゴールを決めることに集中できる」

 当然、昨シーズンのことについても話を聞かないわけにはいくまい。私の質問がスペイン語に翻訳されると、見る見るフォルランの眉間に深いシワが刻まれてゆく。

「昨シーズンのことは、あまり思い出したくないね。最後の3カ月は、ほとんど試合に出られなかった。練習の成果を試合で示すチャンスを与えられなかった。せっかく遠い国にやって来て、まったく異なる環境の中で努力していたのに、それが報われなかったのは非常に残念だったね」

 フォルランのキャリアを振り返るとき、プレーの場が常に海外にあったことに気付かされる。アルゼンチン、イングランド、スペイン、イタリア、ブラジル、そして日本。94年にインデペンディエンテ(アルゼンチン)のユースに移籍して以来、20年にわたってずっと海外でのプレーを続けられた秘訣についても語ってもらった。

「その国の環境に順応することを常に心がけている。とりわけ重要なのは言葉だね。スペインやイングランドはまったく問題なかったし、ブラジルでプレーすることになったときもポルトガル語はマスターした。ただし、日本語は難しいね(苦笑)。それでも生活面でほとんど戸惑うことはなかったし、日本食も昔から大好きだった。味噌汁、天ぷら、鉄板焼き、寿司、とかね」

 タイムアップまで、あと3分。最後に、サポーターから託された質問をぶつけてみた。昨シーズン終了後、スペイン語に翻訳されたファンからのメッセージアルバムのことを、フォルランはまだ覚えているだろうか? すると一瞬だけ、彼の表情が明るくなった。

「もちろん覚えているよ。うれしいサプライズだった。あれは私の宝物なので、今もウルグアイの実家に置いてある。いずれ子どもができたら見せたいくらいだ。サポーターに伝えてほしい。私はずっと日本という国が大好きだったし、その気持ちは今も変わらない。もちろん、C大阪というクラブについても同様だ。もし私がこの国を離れたとしても、それは好き嫌いの問題でなく、単に契約の問題でしかないんだよ」

舞洲のグラウンドで見せた素顔

練習後、遠くウルグアイから駆けつけたファンと談笑。雨を気にする様子はまったくない 【宇都宮徹壱】

 ウルグアイの英雄へのインタビューは、いささか拍子抜けしたものとなってしまった。昨シーズンの辛さを振り返るときも、日本への愛情を語るときも、その口調は実に淡々としていたからだ。一方で気になったのが「契約」というフレーズの多さ。「(日本を去るかどうかは)契約の問題」とか、「(将来について)契約が終わるまでは頑張るけれど、その先は分からない」とか、何やら非常にドライに感じられた。とはいえ「すべては契約次第」という姿勢は、フォルランに限らず、プロとして当然であるとも言えよう。取材を終えたフォルランは、小雨が降りしきるグラウンドでベテランらしからぬ躍動感を見せていた。こうした光景が見られるのは、あと何カ月だろうか。

 平日の午前、しかも小雨にもかかわらず、この日の舞洲には20人以上のファンが見学に訪れていた。やがて練習開始から1時間くらいが過ぎて、10人ほどの外国人の集団が登場。何人かは水色の国旗を身にまとい、ポットに入れたマテ茶を口にする者もいる。間違いない、ウルグアイからの観光客だ。つたない英語で話しかけると、首都モンテビデオからやって来た大学生だという。この日は観光で大阪にやって来たので、まず祖国の英雄を見に来たのだそうだ。そういえば土曜日の金沢戦でも、4人ほどのウルグアイ人が観戦に来ていたことを思い出す。どうやらウルグアイの人々にとって「C大阪」は、日本を訪れる際には必ず訪れるべき観光スポットとなっているらしい。

 やがて練習を終えたフォルランに、ウルグアイの若者たちが集まってくる。フォルランは全員と握手を交わすと、降り続く雨をまったく気にすることなく母国語で談笑している。時おり「キョウト」とか「ナラ」といった固有名詞が聞こえてくるので、もしかしたら観光名所をレクチャーしているのかもしれない。まるで古い友人か親戚とでも再会したかのように、実に気さくにファンと語り合うフォルラン。おそらくこの笑顔こそ、実は本当の彼の素顔なのだろう。そんなことを考えているうちに、何だか無性に申し訳ない気分になってしまった。われわれ日本のサッカーファンは、この偉大なフットボーラーに対して、非常にもったいないことをしてきたのではなかろうか。

 キンチョウスタジアムでの金沢戦を取材してから、1カ月が経過した。その後、C大阪は連敗、連勝、連敗となかなか波に乗り切れず、第13節終了時点で7位に甘んじている。一方、フォルランは好調を維持。第10節の京都サンガF.C.戦では、来日して初のハットトリックを達成し、現在J2得点ランキングのトップを走っている。「代表は引退したし、今年で35歳になるけれど、まだまだ現役を続ける自信はある。契約が終わるまでは、このチームでベストを尽くすよ」と語っていたフォルラン。別れの時が確実に近づいている今だからこそ、C大阪サポーターのみならず日本のサッカーファンは、その最後の輝きに刮目(かつもく)すべきであろう。

<後編につづく。文中敬称略>

(協力:Jリーグ)

2/2ページ

著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント