長崎と讃岐はなぜ明暗を分けたのか<前編>=JFLから見たクラブライセンス制度

宇都宮徹壱

「第2のトリニータを出すな」というメッセージ

J1昇格プレーオフを制した大分は、クラブライセンス制度を象徴するクラブとなった 【宇都宮徹壱】

「もっと早くクラブライセンス制度が導入されていれば、今回の経営危機はなかったと思っています」

 そう語るのは、大分トリニータを運営する大分FC代表取締役社長、青野浩志である。インタビュー取材をしたのは、今年の10月26日。大分が無条件昇格であるリーグ2位以内を目指して戦っていたころの話である。その後、シーズンを6位で終えた大分が、J1昇格プレーオフに進出。準決勝は京都サンガFCを4−0で、決勝はジェフユナイテッド千葉を1−0で下して、4年ぶりとなる悲願のJ1昇格を果たしたのは周知のとおりだ。再び、青野の言葉から引用する。

「クラブライセンスは『第2のトリニータを出すな』ということなのだと思います。もちろんACL(アジアチャンピオンズリーグ)のこともあるだろうけど、だったらJ1だけでも良かったわけです。それをJ2にも条件を課したのは、すなわち第2のトリニータを出さないということだと思います」

 クラブライセンス制度の導入に関して、発表された当初は「クラブに対する審査が厳しくなるのではないか」という不安の方が先行していたように記憶する。確かに、3期連続赤字決算や債務超過のクラブには、ライセンスが交付されず、場合によってはJFL以下のリーグに降格させられる可能性もあり得る。だが一方で、危機的な状況を未然に防ぐために、Jリーグがサポートや助言を行うことも資料に明記されており、ずさんな経営状態が見過ごされるリスクは回避できるようになった。「第2のトリニータを出すな」という青野社長の表現は、その意味で実に的を射ているように思える。

 12億円近くあった大分の債務超過は、現時点で半分以上を処理することができたが、残り6億円弱についてはライセンスの期限である今後2年でゼロにしなければならない。しかしながらJ2のままでは、そのミッションを果たすのは難しい。そうしたプレッシャーがあったからこそ、大分はJリーグからの借入金の残り3億円を完済し、プレーオフの出場権を勝ち取ると、J1昇格への階段を一気に駆け上がっていった。その意味で、クラブライセンスは「大分の背中を押した」と言えるのかもしれない。

ライセンスを交付された長崎と申請を取り下げた讃岐

 私は今年、J2所属のクラブをあちこち取材し、それを「J2漫遊記」という連載で発表してきたわけだが、今回はその番外編として「クラブライセンス」を2回にわたって取り上げたいと思う。今季のJ2はプレーオフ制度やJFLへの降格など、初めて尽くしのシーズンとなった。その一方で、個人的には「初めてJFLのクラブにJ2ライセンスが交付されたこと」、そして「初めてライセンスの申請を取り下げたクラブが出たこと」は銘記されるべきと考えている。前者のV・ファーレン長崎は、その後見事にJ2昇格を決め、後者のカマタマーレ讃岐は、来季もJFLで戦うこととなった。端的に言えば、両クラブはクラブライセンスをめぐって、明暗を分けたことになる。

 長崎にしても讃岐にしても、私にとっては地域リーグ時代から折りに触れて取材を続けてきたクラブである。その間、クラブの運営形態は変わり、フロントや選手の多くが入れ替わったが、悲願のJリーグ参入まであと一歩というところにこぎ着けたことについては、やはり感慨深い。ゆえに、クラブライセンスに対する長崎と讃岐のアプローチの違いはどのようなものであったのか、個人的にずっと気になっていた。そこで、それぞれの当事者の証言に加え、Jリーグ側の言い分も参考にしながら検証することにしたい。

 その前に、ここでクラブライセンスの要点と概要をまとめておく。

(1)Jリーグが任命した弁護士、公認会計士などで構成される第三者機関「クラブライセンス交付第一審査機関(FIB)」が、競技、施設、人事組織、法務、財務の5分野56項目で審査を行う。
(2)基準を満たせば、J1ライセンスまたはJ2ライセンスが認められる。
(3)資格審査は毎年行われ、3期連続の赤字の場合にはライセンスが交付されず、リーグに参加できなくなる規定もある。

 今回はJ1・J2の40クラブに、JFL所属の長崎と讃岐を加えた42クラブが申請。その後、讃岐が申請を取り下げたため、最終的に41クラブがFIBの審査を受けることとなった。その結果、J1ライセンスについては33クラブ(大分は条件付き)、J2ライセンスは8クラブ(長崎は条件付き)、基本的に41すべてのクラブが交付されることとなったのである。もちろん、是正通達や個別通知を受けたクラブもあるにはあった。それでも、申請したすべてのクラブに(J1とJ2の違いはあれ)ランセンスが交付されたことに、少なからぬ驚きを覚えた。と同時に、唯一申請を取り下げた讃岐のことが、あらためて気になってしまったのである。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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