「チームも個人も成長したから昇格できた」=ランコ・ポポヴィッチ(町田ゼルビア)インタビュー

宇都宮徹壱

「ビジョンに共感できた」と、ポポヴィッチはJFLの町田監督就任にも抵抗はなかったと話す 【宇都宮徹壱】

 JFL3年目にして、ついに宿願だったJ2昇格を果たした町田ゼルビア。この間、クラブは毎年のように指揮官を替えている。2009年は戸塚哲也、10年は相馬直樹(現川崎監督)、そして11年はセルビア人で大分での監督経験があるランコ・ポポヴィッチ。いずれもJFLのクラブでは破格ともいえるビッグネームである。

 昨年の相馬体制下、町田は昇格条件となる4位以内(3位)という好成績を収めながら、スタジアムの諸条件をクリアできず、またホームゲームでの平均入場者数の基準となる3000人も下回ったため、涙をのんでJ入りを断念している。その年のオフは、相馬監督がチームを去り、木島良輔(→松本山雅)や深津康太(→東京V)といった主力選手も流出。それでも「来季こそJ昇格」を最大の目標に掲げていたクラブは、あえて新しい指揮官を国外に求める。そこで白羽の矢が立ったのがポポヴィッチだった。

 いくらJリーグでの指導経験があったとはいえ、クラブにとっても当人にとっても、ずいぶんと思い切った決断であったと思う。だが、それ以上に驚かされるのが、今季の町田の実績である。勝ち点61の3位という成績は去年と同じだが、今年は震災の影響で試合数は1つ少ない。しかも若い選手の成長を促しながらのこの成績は、十分に評価されてしかるべきだ。ここに、指揮官ポポヴィッチの真骨頂が見て取れる。

 今季いっぱいで町田を去ることが決まっているポポヴィッチ。まだ正式発表はないが、来季はJ1に復帰するFC東京への監督就任が決定的とされる。今回は「町田の監督」として話を聞いているが、彼の指導理念や哲学は、FC東京のファンにとっても気になるところだろう。そのヒントとなる言葉を引き出せればと思い、インタビュー取材に臨んだ。(取材日:12月15日)

クラブに携わるすべての人たちの思いが一体となって

――20日に帰国されると聞きました。チームも無事にJ昇格を果たし、今年は楽しいクリスマスを迎えられそうですね

 素晴らしいシーズンだったし、昇格という形で終えることができて、とても満足している。クラブもまた、前進している。最初は決まった練習グラウンドもなく、あちこち場所を変えなければならなかった。今は決まったグラウンドがあり、環境面でも整備されてきている。そして選手たちも「Jリーガーになる」という夢を自分たちの力で勝ち取ってくれた。現場のスタッフや選手だけでなく、サポーターも含めたクラブに携わるすべての人たちの思いが一体となり、その夢を実現させたことは、大きな自信になったと思う。

――戦力的にも、当初は厳しいものになると予想されていました

 木島や深津ら、主力を張っていた選手が抜けた中、その穴を若い選手で埋め、さらに質の高いサッカーを実現させることができた。それらもJ2に上がるためのいい判断材料になったと思う。もちろんスタジアムの問題、経営の問題など、クラブにかかわる人たちの努力があったわけだが、現場は現場で努力したおかげで、昇格を実現させることができたのだと思っている。

重要なのはカテゴリーではなく「ビジョンがある」こと

――09年に指揮していた大分トリニータがJ2に降格して、ポポさんも断腸の思いで日本を離れることになりました。再び来日を果たすまでの間、ヨーロッパのビッグクラブを視察するなど充電期間に充てていたそうですね。そこでお聞きしたいのが、町田との接点がどこから生まれたか、ということです

 わたしには日本にたくさんの友人がいるので、向こうにいる間もコンスタントに連絡はとっていた。その中でゼネラルマネジャー(GM)の唐井(直)さんからオファーをもらったんだ。

――清水、東京V、そして千葉で強化担当やGMを歴任されていた唐井さんですね。どんなお話をされたのでしょうか?

 去年の説明から始まって、3位になったけれど昇格を果たせなかったこと。今年の目標が昇格であること、そしてチームの土台作りをしていくこと。その上で、まずは(Jで戦うための)基盤を作るというお話をいただき、それなら力を貸せると確信した。

――なるほど。とはいえ、今回のオファーはJクラブではなく、3部に当たるJFLです。その点については抵抗はありませんでしたか?

 わたしにとって、カテゴリーが3部だろうが4部だろうが関係ない。重要なのは、そのクラブに明確なビジョンがあるかどうかだ。唐井さんのオファーは単なる夢物語でなく、しっかり未来を見つめながら、実現可能なビジョンを持っていて、それにわたしも共感することができた。

――その後、開幕前の1月に初めてチームに合流するわけですが、そこで気づいたことはどんなことでしょう? 特に足りないところとか

 わたしはセルビアでもオーストリアでも、2部から4部までのカテゴリーで指導しているので、ここに来て特に驚くことはなかったし、足りないと思ったこともなかった。わたしがやるべきことは、日ごろのトレーニングやコミュニケーションの中で、いかに選手のポテンシャルを最大限に引き出すか――。そのことは練習初日から心掛けていた。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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