ドログバの不在がもたらしたもの=宇都宮徹壱の墺瑞日記

宇都宮徹壱

新たな「ベストメンバー」の誕生?

日本対コートジボワールのポスター。この日は平日にもかかわらず5000人弱が観戦した 【宇都宮徹壱】

 ワールドカップ(W杯)本大会に向けた日本代表の親善試合最後の相手は、アフリカの強豪「ジ・エレファンツ」ことコートジボワール代表である。会場はヴァリス州の州都であるシオンのスタッド・ド・トゥルビオン。キックオフは何と12時20分である。スイスと日本との時差は7時間。この社会人大会のようなキックオフの設定は、言うまでもなく日本のゴールデンタイムに合わせたものである。

 日本代表の強化費用が、入場料収入やグッズ収入のほかに、企業スポンサードや放映権料収入を抜きして成り立たないことは、誰もが自明とするところではある。それでも、あくまでもプレーヤーズ・ファーストでやっていただきたいものだ。4年前の本番直前の試合、対マルタ戦も昼間に行われたが、あの試合は15時(日本時間22時)キックオフだった。それが今回は12時20分。おそらく選手は午前5時くらいには起床しなければならなかったはずだ。いささかうがった見方だが、昨今の代表人気の低下によって、協会はテレビ局に対して、あまり強く主張ができなくなっているのかもしれない。いずれにせよ、こうしたビジネス優先の是非については、もっと議論されてよいように思う。

 一方で、評価すべき点もある。それは試合後、オプションで45分の練習試合が行われることだ。前日の日記にも書いた通り、この時期にできるだけ多くの選手を試しておきたいというのは、代表監督ならば誰もが考えること。地元のユースチームと90分のテストマッチを行うよりも、W杯出場チームと45分一本勝負を行う方が、はるかに本番に近い感覚でプレーできることは言うまでもない。幸い相手のコートジボワールも、北朝鮮という同じ東アジアのチームと同組になっており、少なからずのメリットがあると考えたのだろう。かくして90分の国際Aマッチの後に、さらに45分の練習試合を行うという、極めて珍しい形式の代表戦が行われることとなった(当然ながら最後の45分は、テレビではオンエアされていない)。

 この「変則マッチ」は、図らずも岡田武史監督が現状で考えるチーム内の序列を、にわかに明確化させることとなった。90分は「本気モード」、その後の45分が「テストモード」となったことで、指揮官が対カメルーン戦について、どのような青写真を描いているか、その一端をうかがい知ることが可能となったのである。
 この日のスターティングメンバーは以下の通り。GK川島永嗣。DFは右から今野泰幸、中澤佑二、田中マルクス闘莉王、長友佑都。守備的に阿部勇樹と遠藤保仁。右に本田圭佑、左に大久保嘉人、トップ下に長谷部誠。そして1トップには岡崎慎司。メンバーはイングランド戦と同じ。ただしシステムは4−1−4−1ではなく、4−2−3−1である。このメンバーをコア(核)として、相手の前線の枚数や試合展開によって自由にシステムを変更できるようにしたい――。そんな岡田監督の意図が、明確に伝わってくるスタメンである。

またしてもオウンゴールで失点

前半15分、ドログバ(右)は闘莉王(左)との接触プレーで負傷交代。後に右ひじ骨折であったこと判明した 【Photo:AP/アフロ】

 試合については、ゴールデンタイムで放映されたおかげで、多くのファンが中継映像を視聴できただろうから、ここではポイントを絞って振り返ることにしたい。
 序盤から日本は押し込まれる展開。守備ブロックでなんとかしのぐものの、相手はとにかくスピードとパワーが半端ではないため、日本の守備陣はクリアするのが精いっぱいである。そうこうするうちに、コートジボワールが先制する。前半13分、FKのチャンスを得ると、今季プレミアリーグの得点王に輝いたキャプテンのドログバが、闘莉王のオウンゴールを誘ってネットを揺らす。闘莉王は前回のイングランド戦に続く、2試合連続のオウンゴール。だがこの2分後、彼はさらに世界中を驚愕(きょうがく)させるプレーを披露することになる(もちろん結果論だが)。

 前半15分、パスを受けたドログバが、中澤を振り切って一気に加速。その動きを止めようと、闘莉王が飛び込む。その際、彼の右ひざとドログバの右ひじがクラッシュ。次の瞬間、ドログバは声にならない叫びを上げて倒れ込み、試合は2分ほど中断する。結局、ドログバはプレー続行不能となり、右ひじを抱えながらベンチへ下がった。その苦悶(くもん)の表情から、かなりの重症であることは明らかである。前半は0−1のまま終了。

 後半、岡田監督はMFを一気に3人代えてきた。本田、阿部、遠藤を下げて、中村俊輔、中村憲剛、稲本潤一を投入。中村俊はそのまま右MFに入り、中村憲はトップ下、そして稲本は長谷部と守備的な位置でコンビを組む。コンディションの不調が心配されていた中村俊は、後半5分にいきなり見事なFKを披露。低い弾道はGKにキャッチされたが、どん底の状態からの復調傾向を感じさせるキックであった。だが、その後の見せ場といえば、中村憲とのワンツーでチャンスを作った以外、ほとんどなし。後半20分、森本貴幸が大久保に代わって投入されるようになってからは、前線でボールを持ちこたえる場面が多く見られるようになったものの、なかなかシュートにまで持ち込めない。結局のところ、日本の攻撃面での課題は、この試合でも解消されることはなかった。

 後半35分、コートジボワールが追加点を挙げる。またしてもセットプレーのチャンスから、ティエネがゴール前にクロスを入れ、フリーで走り込んできたコロ・トゥーレが右足で豪快にゴールを突き刺して2−0とする。後半のジ・エレファンツは、明らかにペースを緩め、自らが走るよりもボールを走らせる「省エネサッカー」にシフトしていた。それでも、決めるところできっちり決める。ドログバがピッチを去った後には、攻守においてより組織的なプレーを見せるようになり、あらためてチームとしての完成度の高さを感じさせた。残念ながらコートジボワールの方が、日本よりもはるかに「大人のサッカー」をしていたように思えてならない。その意味でも、結果は至極当然のものであった。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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