ドログバの不在がもたらしたもの=宇都宮徹壱の墺瑞日記

宇都宮徹壱

見えにくくなった日本の課題

後半から出場した中村俊(左)はFKで見せ場を作るが、最後まで状況を打開できなかった 【Photo:ロイター/アフロ】

「流れの中でシュートを打たせることもなかったんですが、セットプレーで失点してしまった」(岡田監督)

 与えてはならない先制点を与えてしまい、その後は何度か攻撃のいい形を作れたものの、追いつくことができずに敗れてしまう。ただし、決して相手に崩されて失点したわけではない。その意味で守備面では、ある程度の評価ができる――岡田監督の評価は、先のイングランド戦とあまり変わらない、本番前の最後の親善試合にしては、あまりにも新味のないものであった。

 確かに、評価の難しい試合ではあった。何より、この日の日本はコンディションが悪すぎた。ここ数日、あえて高地トレーニングで追い込んでいたことに加え、低地では当たり前のような夏の気候が選手たちを苦しめたからだ。この日のシオンの気温は25度。キャンプ地のザースフェーと比べると、20度近い温度差があった。冬の大会を戦う日本にとって、こうした状況での試合は本当に必要だったのであろうか。せめて、気温が下がる夜に試合をするべきであったと思うのだが、前述した放映権をめぐる「大人の事情」が、それを許さなかったようである。

 もっとも、岡田監督は(意図していたかどうかは不明だが)、日本のディフェンスについて、重要な要素を語っていなかった。それは「ドログバの不在」である。前半早々に負傷のためピッチを退いたドログバだが(その後、右ひじを骨折していたことが明らかになった)、限られたプレー時間の中で何度となく、そのスピードとバネの強さで中澤を振り切ってみせた。プレミアリーグの得点王が、あのままプレーを続けていたなら、日本最高のセンターバックをもってしても、世界レベルではまったく通用しないことが明らかになっていた可能性は、十分に考えられる。

 確かに、ドログバに代わって投入されたドゥンビア(かつて徳島ヴォルティスと柏レイソルでのプレー経験を持つ)や右ウイングのディンダンなど、縦方向に突破したり、遠めから積極的にミドルを打ってくる選手に対しては、日本の守備ブロックはそれなりに機能していたと思う。しかしながら、そこにもしドログバがいたら、日本のディフェンス陣はどこまで持ちこたえていただろうか。そうした究極のシミュレーションが、不幸なアクシデントによって不履行に終わったことは、返す返すも残念でならない。もっとも、それはあくまでも日本の都合であり、世界中のサッカーファンは間違いなく「南アフリカでドログバのプレーが見られなくなるかもしれない」という事実を嘆いているわけだが。

「幻の45分」から光明は見えたか?

試合後、スタンドのファンがピッチになだれ込む。この後、ドログバの骨折が報じられた 【宇都宮徹壱】

 会見が終わると、私はミックスゾーンには立ち寄らず、急いで記者席に戻った。幸い、45分の練習試合のキックオフには、何とか間に合うことができた。日本の布陣は、GK楢崎正剛、DFは右から内田篤人、岩政大樹、山村和也、駒野友一。MFは守備的な位置に中村憲と稲本、右に中村俊、左に松井大輔。そしてトップ下に香川真司、1トップに森本。90分ゲームのスタート時と同じ、4−2−3−1のシステムである。90分ゲームの後半から出場している中村憲は「1回で受けてはたいても相手は崩れない。2人、3人が連動して、ボールに絡んでいかないと」と語っている。とはいえ、ボランチとして出場したこの45分の試合では、前線でボールに絡むプレーの回数は格段に増えていた。

 中村憲だけではない。内田は積極的な飛び出しを見せ、岩政はセットプレーから2度の決定機に絡み、松井は左右から効果的なクロスを供給し、そして途中交代の矢野(18分に中村俊と交代)は右MFと1トップのポジションで存在感を示していた。先制したのも日本。41分、スルーパスに抜け出した永井謙佑(34分に森本と交代)が、そのままドリブルで持ち込み、冷静に相手GKの動きを見極めて見事にゴールを決めた。これが永井の代表初ゴール――と言いたいところだが、もちろんこれは「幻の45分」であったために、公式記録に載ることはない。それでも練習試合とはいえ、コートジボワールを相手に理想的な展開からゴールを奪ったことについては、それなりに評価されてしかるべきだろう。結局、この永井の1点が決勝点となった。

 思えば今回のスイス合宿の間に、日本のシステムとスタメンの顔ぶれは大きく変わった。しかし、本質的な部分は(良くも悪くも)変わってはいない。課題とされている攻撃面についても、少なくともその方向性が堅持されていることは、この45分の練習試合で十分に確認することができた。もちろん「世界と戦う」上で、足りていないところは、いくらでも挙げることができよう。だが少なくとも、今の日本がまったく方向性を見失い、地に足がつかないサッカーをやっているわけでは決してない。当たり前のことのように感じるかもしれないが、この事実はもっとポジティブに受け止めてしかるべきだと思う。

 このコートジボワール戦に関しては、幸か不幸か日本の弱点は露呈されず、むしろ「幻の45分」で光明が見えたかのような、何とも不思議な親善試合となった。その意味で、いささか評価しづらい試合ではあったものの、それなりに意味のある試合であったと言えよう。あとは負傷者の1日も早い完治を祈るのみ(この試合では今野が、右ひざのじん帯を損傷)。早いもので、W杯開幕まであと1週間、そして対カメルーン戦まで、あと10日に迫った。この次に日本代表と再会するのは、カメルーン戦前日のブルームフォンテンになる。日本はどのような状況で、その時を迎えることになるのだろうか。あれこれ想像しながら、いったん帰国の途に就くことにしたい。
 それでは祭典の舞台、南アフリカで、再びお目にかかりましょう。

<この項、了>

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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