オランダの「パラスポーツの伝道師」が子どもたちに伝えた、「できないをできるに変える」考え方のヒント
パラスポーツの振興に長く携わっているリタさんは、2009年から2021年までの13年間にわたり国際パラリンピック委員会の理事を務め、現在も障がいのあるなしに関係なくスポーツを通じた社会参加についてのコンサルタントとして活躍しています。そんな彼女が日本の子どもたちに伝えたこととは? 大人にも学びになるヒントが詰まった、授業の様子を取材しました。
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オランダの考え方に興味津々
オランダ語で「こんにちは」という言葉を教わり、大きな声であいさつした子どもたちに向けて、リタさんが自身の経験について語ります。
「目の見えない人と一緒にスキーをするにはどうしたらいいのだろう?」
この出来事がリタさんの原点となり、それ以来障がいのある人と一緒にスポーツをすることについて考え続けるようになりました。普段なかなか出会えない人のお話に、子どもたちは真剣に耳を傾けます。
続けてリタさんは、子どもたちにオランダでのスポーツのあり方を紹介。オランダでは障がいのある人のスポーツ参加が進んでおり、「誰でもできる」ことを大切にしているそうです。
「みんなでサッカーをしたいと思ったとき、どこでやるのか、何人でやるのか、どんな人が参加しているのかなどによって、ベストなやり方やルールは変わってきますよね。大切なのは『そこに参加している人が全員楽しめるかどうか』なんです」
スポーツにおいて、ルールを変えたほうがみんなが楽しめるのであれば、柔軟にルールを変えてプレーすればいいという考え方をするそうです。たとえば小さな子どもが多ければ広すぎない場所で行う、走るのが大変な高齢の方がいれば歩いてプレーするといったように、参加している人たちに合わせて、工夫をします。
「『できない』という言葉はありません。『どうすればできるか』を考え、『自分たちでゲームを作る』ことが大切なのです。歩くのが難しい人のためのサッカーとして、フレームフットボールというものがあります。視覚に障がいのある人は、鈴の入ったボールを使ってブラインドサッカーができますね」
やってみよう!「全員が参加できるボールゲーム」にするには?
オランダの考え方について学んだところで、「みんなが参加してスポーツをする」ことを経験するため、全員でボールゲームを実際にプレーすることに。リタさんが伝えたこの日の約束は、次の3つです。
・みんなが楽しいと思えること
・少しチャレンジングであること
・みんなが一緒に参加できること
一見当たり前の約束のようにも見えますが、どのようなゲームになるのでしょうか。
「いいですね。ちょっと簡単そうなので、ルールを付け加えてみましょう」
「円を広くし、ボールを投げる距離を遠くする」「ボールを床に落としてはいけない」「となりの人に投げてはいけない」など……少しずつ条件が足されていく中、子どもたちは夢中になってボールを投げ合います。
そこで再度リタさんから声かけがありました。
「どのグループも、一人は片手を使わずにプレーするようにしましょう!」
投げるだけでなく、キャッチするのも片手です。初めは苦戦していた児童たちでしたが、徐々に優しく投げたり、山なりに投げたりするといった工夫で、何とかボールをパスし合います。
ここでさらに条件が追加に。片手でプレーする児童のほかに、グループのうち一人がアイマスクをし視界を遮断してプレー、またもう一人がいすに座ってプレー、という2つの条件です。もちろん今日の3つの約束、「みんなが楽しいと思えること」「少しチャレンジングであること」「みんなが一緒に参加できること」も守った上でのプレーであることが前提。さまざまな条件が追加された中で、どうやったらゲームを楽しめるか、各グループとも作戦会議をします。
「こうしたらうまくいくのかも!」
「片腕でプレーする友達には優しく投げたらいいんじゃない?」
「アイマスクをしている友達には声をかけてから投げよう」
それぞれの状況に応じてどうしたらボールをパスしやすいか、考えていきます。さらに、「声をかける」と言っても、どのように声をかければ相手がわかりやすいか、他の人にとってもわかりにくくないか、など、実際のプレーを想像しながら具体的に考えていきます。
「アイマスクをしている友達には、どの方向に投げるか声をかけてから投げたほうがいいんじゃない?」
「いすに座っている友達は、ボールの軌道がずれると取りづらそう。まっすぐに投げることが大切だよ」
「ボールを受ける側は『取る準備ができたよ』と示してくれるとスムーズにパスができそう」
このようにして、「実際にやってみる」ことで、「こうしたほうがもっとうまくいく」というアイデアが数多く出てきました。
「みんなで協力して、想像力を働かせ、工夫して考えることができましたね!」
このゲームを通じて、児童たちはさまざまな立場や状況について考え、柔軟に変えて「みんなが参加できるゲーム」を作るプロセスを経験しました。「できる」「できない」で線引きするのではなく、一緒に活動するにはどうすればいいかを全員で考えるという経験は、とても大切なものとなったのではないでしょうか。
みんなに「おいでよ」と言える人になってほしい
「やってみる前は、片手でボールを投げるのはそんなに難しいことだと思わなかったけれど、やってみたら難しかったです。でも、『できない』ではなく『どうしたらできるか』を考えるというアドバイスを受け、投げ方を工夫してみたらうまくいきました。障がいのある人とも同じ仲間として一緒に何かをやるというのは素敵なことだと思いました」
「自分が苦手なことに対しても、どうすればできるかを考えるという姿勢でやってみたいと思います」
「知る」「理解する」「どうすればできるか考えて工夫する」というプロセスを学び実践した授業を通して、パラスポーツの枠にとどまらない大きな気づきがあったようです。
「社会にはいろいろな人がいるということ、そして児童たちも含めてみな同じ世界の中にいるのだということを実体験として理解できればとの思いで、今回の授業の実施を決めました。やってみて気づいたことも多くあり、児童たち自身もいろいろなことに対して努力していこうと思ったのではないでしょうか。これからもいろいろな人と関わり、人生経験を増やしていってもらいたいです」
「自分と異なる人と会ったときでも、恐れず積極的にコミュニケーションをとってください。スポーツだけでなくどんな活動でも、『じゃあこうすればできるね』と考えて工夫することは、障がいのある人と共にどう生きていくかを考えるときにとても役に立ちます。しきたりや伝統もすばらしいものですが、何かを変えたいと思うときには壁となることもあります。時にはルールを柔軟に変化させ、みんなに『おいでよ』と呼びかけられるような人になっていってほしいと思います」
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photo by Haruo Wanibe
※本記事はパラサポWEBに2025年2月に掲載されたものです。
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