【車いすテニスのおすすめ本】小田凱人らメダリストの“三者三様の生き様”に触れてみては?

チーム・協会

【photo by Hiroaki Yoda】

2024年のパラスポーツを盛り上げた車いすテニスの大会が今年も国内外で開催される。観戦の予習におすすめしたいのが、選手たちの生きざまが刻まれている書籍の数々。

ここでは、パリ2024パラリンピックの車いすテニス・シングルスで金メダルを獲得した小田凱人選手、東京大会を含む、単複計4度のパラリンピック金メダリストの国枝慎吾さん、そして東京大会のクアードクラスでダブルス銅メダルを掴み獲った菅野浩二選手の著書を紹介したい。(以下、敬称略)

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■小田凱人 『凱旋 9歳で癌になった僕が17歳で世界一になるまでの話』 『I am a Dreamer 最速で夢を叶える逆境思考』

どちらも、小田がパリパラリンピックで金メダルを獲る直前に出した著書。サブタイトルが示す通り、『凱旋』は幼少期からの生い立ちを綴った自叙伝で、『I am a Dreamer』は小田の思考法を図解などで分かりやすく解説した、自己啓発書的な内容となっている。

小田が出版社から著書の上梓を持ちかけられたとき、真っ先に確認したのが「母校の中学校に本を寄贈できますか?」だったという。それだけに文体は、まるで少年・少女たちに語りかけ鼓舞するかのように、リアルな熱を帯びている。とはいえ、決して子ども向けというわけではない。有言実行、驚異のスピードで歴史を書き替え続ける彼の言葉には、普遍的な人生論が詰まっている。

2024年6月に母校で実現した書籍贈呈イベント 【photo by Hiroaki Yoda】

『凱旋』の読書体験とは、小田自身が駆る車に同乗し、彼の生き様を共に体感するかのような臨場感と疾走感だ。行く先には障がい物や岐路が次々に現れるが、進むべき道を選択する小田の決断は早く、ゆえに旅はスリルに満ちる。振り落とされまいと必死にしがみつくように読み進めるうち、あっという間に最終ページに到達する感じだ。しかも本書はパラリンピックに向かうところで終わるので、まだまだ冒険は続いていく開放感がいい。

『凱旋 9歳で癌になった僕が17歳で世界一になるまでの話』著者:小田凱人 出版社:ぴあ 発売日:2024年6月 【photo by Hiroaki Yoda】

『I am a Dreamer』は、いわば『凱旋』の謎解きのような内容。なぜあのときに小田はあの決断ができたのか? なぜあの道を選んだのか? その答えが、ここに示されていると言える。

この書が興味深かったのは、小田が、自身にとっての“ヒーロー”と言える先達たちへの憧憬や敬意を、どこまでもまっすぐに語っている点だった。小田は15歳でプロ転向した際、会見で「憧れの選手」を問われると、「すべての選手がライバルになるのだから、憧れの選手はいない」という趣旨の返答をした。国枝慎吾こそが“車いすテニスを始めた理由”であることは公言していながらも、対戦時のコートに過剰な感傷や興奮を持ち込むことは、極力避けているようでもあった。そんな小田が本書では、どれほど国枝に魅了され、ボールの打ち方のみならず小さな所作まで真似てきたかを明かしている。国枝以外のトッププレーヤーたちに対しても、言及する際のちょっとした言い回しや言葉のチョイスに、年齢より遥かに大人びた小田の、少年らしい素顔がのぞく。そんな行間の空気感も含め、小田凱人の魅力を再発見できる一冊でもある。

『I am a Dreamer 最速で夢を叶える逆境思考』著者:小田凱人 出版社:KADOKAWA 発売日:2024年6月 【photo by Hiroaki Yoda】

■国枝慎吾『マイ・ワースト・ゲーム 一度きりの人生を輝かせるヒント』

小田の著書が、本人の一人称視点で語られていくのに対し、国枝のこの著書は基本、彼を長年取材してきた、朝日新聞記者の稲垣康介による人物伝。国枝本人のみならず、家族や指導者への緻密な取材によって、国枝の人間性や走破してきた旅の轍が、点描画のように浮き上がってくる。

車いすテニス界のあらゆる記録を打ち立て、国民栄誉賞にも輝いた国枝の著書のタイトルが『マイ・ワースト・ゲーム(=人生最悪のゲーム)』である点も、逆説的であり本質的。国枝にとってのキャリア最大の危機は、リオパラリンピック開催年の2016年から2017年序盤にかけての日々だったという。メスを入れても消えぬ肘の痛みに苦しめられ、引退も覚悟した。

本書はその「マイ・ワースト・デイズ(最悪の日々)」を中心とし、同心円状に時間や空間が広がるように、国枝の少年時代から引退までの出来事が、本人の心情と共に丹念に編まれていく。今でこそ車いすテニス大国となった日本ではあるが、国枝が10代だったころは黎明期。そのなかでも世界へと挑戦した先駆者たちの背を追い、未踏の荒野を自らの意志で切り開いていく国枝の独立独歩の足取りは、一つの歴史譚としても読みごたえがある。

この著書は、引退後の国枝が指導者として新天地アメリカへと旅立つシーンで掉尾を飾る。そう遠くない将来、国枝が天塩をかけ育てたアメリカの若者が、小田のライバルに成長し両者が対戦する日が来るのでは——? そんな未来まで、思いは広がっていく。

『マイ・ワースト・ゲーム 一度きりの人生を輝かせるヒント』著者:国枝慎吾、稲垣康介 出版社:朝日新聞出版 発売日:2024年7月 【photo by Hiroaki Yoda】

■菅野浩二『生きててよかった~地獄のような人生からパラリンピックで銅メダルを獲得するまでの体験談~』

ページを開き、プロローグの直後に飛び込んでくるのが、<本書は、著者の体験・経験を何よりも大切にし、ありのままの「菅野浩二」を知っていただきたいという想いから、表現に手を加えることなく、掲載しております>の注釈文である。無加工の言葉を届けたいという実直な思いは、まさに重い。

実際に読み進めていくと、菅野が辿ってきた人生の重みが、ページをめくる指先を介してズシリと伝わってくる。具体的な内容は、ぜひ本書を読んでいただきたいのでここでは割愛するが、子ども時代、入院生活、結婚後……副題で「地獄のような人生」と書き表すほどに、壮絶なのはたしかだ。

菅野の「体験談」はとてつもなくユニークで波乱万丈ではあるが、不思議と共感できる。それはきっと、本書が本人の言葉で綴られた、「ありのまま」の菅野の生きざまであることが大きい。誰もが生きていく中で、多かれ少なかれ障壁に遭遇し、悩み、迷い、そして最終的には進んでいく。これから本書を手に取る多くの人たちは、“我が事”のように自身に引き寄せ、読み進んでいくだろう。

『生きててよかった~地獄のような人生からパラリンピックで銅メダルを獲得するまでの体験談~』著者:菅野浩二 出版社:TEMMA BOOKS 発売日:2024年10月 【photo by Hiroaki Yoda】

ライター 内田暁
2006年からテニスの4大大会などを取材し、テニス専門誌『スマッシュ』などに寄稿。著書に『錦織圭リターンゲーム』(Gakken)『勝てる脳、負ける脳』(集英社)。

edited by TEAM A
photo by Hiroaki Yoda

※本記事はパラサポWEBに2025年1月に掲載されたものです。
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