【注目施設探訪 第5弾(前編)】スポーツ科学を基にした”逆算”からの指導と選手の”言語化”を実現する「NEXT BASE ATHLETES LAB」

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【©白石怜平】

千葉県市川市の「道の駅 いちかわ」を道路一本挟んだ向かいにあるスポーツ科学R&Dセンター。

その名は「NEXT BASE ATHLETES LAB」。

世界最先端の機器で選手の動きを測定・評価し、専門のアナリストたちによってパフォーマンス向上策を提案する。スポーツ科学R&Dセンターとしては民間企業初の施設である。

プロ野球選手から中学生までの1500人以上の選手が、パフォーマンスアップのためにこの門を叩いている。

市川市にある「NEXT BASE ATHLETES LAB」 【©白石怜平】

世界最高レベルの高性能機器が揃う

入り口から奥に進むと測定場所へ。そこには天井や壁など上下左右に設置されているカメラがある。

これは、世界最高性能の学術研究でも用いられる VICON 社製のモーションキャプチャシステムである。

専用カメラは1秒に1,000コマ撮影可能なハイスピードカメラ。研究でも1秒250コマの速さが用いられることから、ここでは4倍の撮影速度で計測することができる。

このカメラは計14台あり、全ての角度からの身体やボール、バットの運動の計測を可能にしている。

14台設置されている世界最高性能のハイスピードカメラ 【提供:ネクストベース】

モーションキャプチャと共に設置されているのがフォースプレート(床反力計)。

地面に埋め込んだ3枚のプレートにより、地面から身体に作用した力が計測できる。これをモーションキャプチャで計測したデータと同時に解析することにより、フォームの良し悪しが評価可能なバイオメカニクスデータを取得できる。

投手・野手共に測定可能で、特に投手の場合は移動式マウンドを用いて計測が行われる。スパイクを履いて計測ができるなど、実際の試合環境に近いパフォーマンスのデータが取得できる点も特徴であろう。

手前にある3枚のフォースプレートと奥の移動式マウンド 【提供:ネクストベース】

今回の取材に特別に協力いただいたのが、株式会社ネクストベースの代表取締役社長・中尾信一氏と上級主席研究員の神事努氏。

中尾氏は投手の計測について以下のように解説した。

「投球動作では骨盤から胸郭・上腕・前腕そして手のエネルギーがボールにどう伝わったのか、またステップして最大のパワーが働いた箇所も同様に数値化することが可能です。

例えば150km/hの球を投げたい投手がいたとしたら、そのためにエネルギーを”どこで作り出し、どのように伝えなければいけないか”が分かるので、そこから逆算ができるのです」

ピッチングバイオメカニクスの風景 【提供:ネクストベース】

計測結果は横のモニターにすぐ数値として現れる。それとともに、力の働きが数値や色などで一目で分かるようになっている。

「モニターで力が可視化されていることが分かります。ステップした足が地面に接地すると、赤い矢印が一気に長く動くのが見えると思います。いわゆるブロッキング動作で、この動作は速球派投手にみられる傾向です。

一方、着地後にこの矢印が短くなっていく投手は、膝で吸収動作が発生していて、エネルギーのロスが起こっていることになります。我々はそのロスが起こらないためのトレーニングを処方します。

球速130km出るか出ないかの選手がその日のうちに140kmを出すことは不思議なことではないですね」(中尾氏)

写真左では赤い矢印が踏み出した足から肩へと長く向けられている 【©白石怜平】

投手においてはボールと指先に専用マーカーを貼付することで、投球動作を指先から足元まで全ての動きを可視化できる。運動の原因と結果を明らかにするために、指とボール両方を計測することがポイントだという。

【©白石怜平】

指とボールの両方に装着することがポイント 【©白石怜平】

神事氏はこの計測について「世界で注目されている」とし、以下のように説いた。

「1/1000秒の動きがデータ化されるので、少しの指の緩みで球速が遅くなることも数値で分かります。手先の動きは選手本人たちも意識できない点だと思います。

『理にかなった動き』は、指導者やトレーナーによって様々な定義がなされていますが、私たちは力学的エネルギーによって定義しています。並進運動と回転運動の両方を数値化できるので非常に使い勝手が良いデータとなります。

ただ、数学的な知識がないと算出できません。バイオメカニクスの専門家がいる私たちの施設だからこそ実現できているのだと思います」

世界で注目されている計測について解説した 【©白石怜平】

提案とトレーニングでの”介入”とは?

世界基準の計測を行うNEXT BASE ATHLETES LAB。データを計測・提供して終わりというのではない。

強みの一つは、その数値を上げるために何をしなければならないかを具体的にかつ、体で覚えられるように支えることである。
計測からトレーニング・パフォーマンスアップまでコミットすることで、一気通貫のシステムが整っている。

「出てきたデータをどうトレーニングに活かすかが、私たちの役割です。計測したデータをどうプレーに活かすのか、そのためにどんなトレーニングをすればいいのか。選手が一番知りたいのはそこだと思います。なので我々はトレーニングに介入します」

ラボで実施されるトレーニング例 【提供:ネクストベース】

展開しているトレーニングプログラムは、筋力・パワー・スピードそれぞれの改善に焦点を当てた「ストレングストレーニング」とパフォーマンス向上に必要な体の使い方を改善する「ムーブメントトレーニング」、これらを競技に活かすための「スキルトレーニング」。
この3点をラボが培ってきた研究をベースに処方していく。

「処方のしかたも”How to”ではありません。『今の状態だとあなたは〇〇のトレーニングが必要。ただ、あくまで今の状態なので、やり続けると△△になる』と伝えます。医療で言うところのインフォームドコンセントですかね。計測をしていくと変わっていくのが見えるので、変化に合わせてアプローチします」

一つひとつの動作説明も細かく行っているという神事氏。その理由も説いた。

「形だけ真似ても本来の効果が得られません。どこに意識があるのかをチェックします。形が一見できてもパフォーマンスアップに繋がっていない選手は、実際にどこを使っているかを理解できていないことが多いです。
刺激が入っているところは効果が表れますので、意識と形が合致するような指導を行っています」

アドバイスも選手の状況や測定結果によって変わる 【©白石怜平】

中尾氏は最初の提案が肝心になってくると、事例を基に補足した。

「例えば投手ですと、変化球の曲がりを大きくしたいという課題を持った選手も来られます。その際には必ず、『それはなぜ必要なのか?』をお聞きしています。

ストレートとカーブを投げる投手がいたとします。外角低めにストレートを投げるのと、カーブを投げるのでは軌道が違う。大きく曲げようとするとリリース直後のボールの軌道で球種がわかってしまいます。

打たれないことが正義であれば、あえて"曲げないこと"を優先するべきなのです。各投手の特徴や状況を踏まえて提案しないといけません」

「あえて分かりやすくしない」その真意とは

ラボに来る選手は中学からプロまで多くの年代が訪れる。選手によって用語や数字の理解度はさまざまであるが、神事氏はある点を意識しているという。

「あえて分かりやすくし過ぎないようにしています。分かりやすさを優先してしまうと、正しくなくなる場合があります。私は分かりやすさよりも正しさを優先させて、学びの機会が提供できたらと考えています。

高校生の選手にもよく来てもらうのですが、教科で言うと保健体育と情報の授業が統合したような総合的な学びの場だと私は考えています。

自分自身の身体を通して、学びの実践の場にしたい。分かりやすくしてしまうと”分かったつもりになってしまう”。それが一番怖いんです。

将来のためにも、自分自身で体を理解するように努めるのも大事なことですので、選手が主体的に言語化できるようにすることを支援したいと思っています」

学びの場として自主的に考えてもらう指導を心がけている 【©白石怜平】

中尾氏も、”言語化”をキーワードにこのように補足した。

「こちらからも時折質問を挟みます。課題を言語化してもらうために。そこで”分かったつもり”でいたら自分の中で疑問が出てしまっても頭の整理が間違った方向にいく可能性があります。

都度言語化ができるようになると、細かく自分の中でのチェックポイントが次々に出てきます。『ここって〇〇ですよね?』と発言が自然と出てくるんです。

オープンから約2年が経ち、これまで200人以上のプロ野球選手を始め、甲子園や都市対抗野球で上位に進出するチームが動作分析に取り組んでいる。

このラボが誕生するには実は8年ほどの時間を要していた。後半では、ラボが立ち上がった経緯や実現したい世界観などを伺った。


(※文/写真 白石怜平)

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著者プロフィール

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