【メキシコ野球レポート 第2回】16歳でプロデビュー→MLB球団と契約。テクノロジーをフル活用し“明日のスーパースター”を育成

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プロ球団や大学の野球部に所属する前、各国の高校生年代の育成について見比べると、そのシステムは多岐に渡る。

日本やアメリカ、プエルトリコ、韓国では高校の野球部に所属し、練習や試合で経験を重ねるのが一般的だ。

一方、中南米のドミニカ共和国やベネズエラで優秀な選手は16、7歳でメジャーリーグ(MLB)球団と契約し、ドミニカにある育成期間「アカデミー」(スペイン語ではアカデミア)で育成される。

各国でプロ契約できる年齢や社会背景などが異なるため、どれが優れているというわけではない。それぞれの条件や環境を踏まえ、選手を伸ばしやすい仕組みをつくろうとしている。

その意味で独特のシステムを誇るのが、近年、国際大会でも好成績を残しているメキシコだ。

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中南米最高峰の豪華施設

「中南米のアカデミーと比べても、うちの施設が最も素晴らしいと思う」

メキシコ南部のオアハカにある「アカデミア・アルフレド・ハルプ・ヘル」を訪れると、ディレクターを務めるオクタビオ・ヘルナンデスが誇らしげに語った。

ベネズエラ人の彼は2013年ワールド・ベースボール・クラシックで同国代表のアナリストを務め、地元球団レオネス・デ・カラカスのアシスタントGMを歴任した後、同国の経済危機でメキシコに渡った。ディアブロスに雇われ、現在は傘下の同アカデミーを統括している。

メキシコ球界の育成は、現地プロリーグ「リーガ・メヒカーナ・デ・ベイスボル(LMB)」の各球団のアカデミーがトップ層を担っている。

そのなかで「ベストのプログラム」と言われるのが、レオネス・デ・ユカタンが中心となって行っている「リーガ・デ・プロスペクトス・デル・ノロエステ」だ。レオネスを含む6球団が選手を参加させ、切磋琢磨している。

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一方、単一チーム型のアカデミア・アルフレド・ハルプ・ヘルも国内最高峰のアカデミーだ。

2009年にディアブロスが出資してオープンし、現在ソフトバンクで活躍するロベルト・オスナや、イサーク・パレデス(カブス)、アンドレス・ムニョス(マリナーズ)らを輩出。2024年6月現在は13人のスカウトがメキシコ全土から優秀な少年を発掘して育てている。

テクノロジーで「成長&健康」管理

ディアブロスは2024年シーズン、元メジャーリーガーのトレバー・バウアーやロビンソン・カノ、さらに元楽天の安樂智大ら大型補強を施し、10年ぶりにLMB王者に輝いた。
個人資産15億ドルとアメリカの雑誌「フォーブス」で報じられたこともあるアルフレド・ハルプ・ヘルがオーナーを務め、圧倒的な資金力に支えられている。

リゾートホテルのように豪華な建物のアカデミア・アルフレド・ハルプ・ヘルを訪れると、LMBきっての財力がよく伝わってきた。
センター125m、両翼103mで天然芝のメイン球場を含め、4つのフィールドを所有。メイン球場には無償で貸与されたトラックマンが設置され、その代わりに選手たちのデータを提供しているという。

練習用にバッティングが3レーン、ピッチングが4レーンあり、2つのカメラで撮影。
選手たちはトレーナーの診察を週に2回受け、投手と捕手は「ArmCare」というアプリで肩や肘の状態をチェックされている。このアプリはパフォーマンスアップや故障予防に活用でき、MLBや日本のプロ球団でも採用されている。

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アカデミーの年齢分布

アカデミア・アルフレド・ハルプ・ヘルの2024年春季ロースターを見ると、13〜23歳までの49選手が在籍。年齢別の内訳は以下のとおりだ。

<13歳:1人、14歳:6人、15歳:12人、16歳:18人、17歳:8人、18歳:2人、22歳:1人、23歳:1人>

選手リストで興味深いのは、名前、身長、体重、生年月日、出身地という基本データに加え、「elegible」と明記されていることだ。

スペイン語の「elegible」は英語の「eligible」と同義で、MLB球団と契約可能なタイミングが「2023-24」「2025-26」(年)などと書かれている。
アカデミア・アルフレド・ハルプ・ヘルの目的は「MLB球団との契約」であり、視察に来るスカウトに契約可能のタイミングを知らせているのだ。 

上記の年齢分布で14〜17歳がボリュームゾーンとなっているのは、ポテンシャルの高いラティーノは16、7歳で契約する場合が多いからだろう。一般的に18歳を過ぎると、MLB球団が獲得するには「年齢を重ねてきた」と見られる。

22、23歳の2人はLMBのゲレーロス・デ・オアハカに所属する投手で、リハビリ目的で在籍していた。ゲレーロスはディアブロスと同じアルフレド・ハルプ・ヘルがオーナーを務め、アカデミア・アルフレド・ハルプ・ヘルは両チームのための育成機関という位置づけになっている。

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MLBと契約成立時の“リターン”

1週間のスケジュールは、月曜がオフ。火曜から金曜の午前中(9〜12時)は投打に分かれて個人を伸ばすためのメニューが組まれる。
昼食をはさみ、14時から19時まで地元の高校へ。なかにはオンラインで授業を受ける選手もいる。空いている時間にはジムでのトレーニングや、図書館での読書や学習、卓球、ゲームなど思い思いにすごす。

土曜と日曜は実戦だ。ただし、対外試合ではなく紅白戦を行う。勝敗を競うことが目的ではなく、実戦のなかで個々の技術を磨いていく。

投手は基本的に30球程度で交代。トラックマンで解析され、「スライダーはバックドアかフロントドアで投げたほうがいい」など各球種の使い方がヘルナンデスやアナリストからアドバイスされる。

実戦の映像やデータはクラウドに保存され、「TruMedia」という分析プラットフォームを通じてMLBやNPB球団に共有される。つまり、紅白戦はすべて契約へのアピール材料になるのだ。


冬季に参加するリーグ戦を除き、予算や移動の問題で対外試合を組めないのはデメリットと考えられる一方、アカデミア・アルフレド・ハルプ・ヘルにはそれほどレベルの高い選手がメキシコ全土から選りすぐられているとも言える。
紅白戦を重ねて腕を磨いた成果は、MLB球団のスカウトが集まるショーケースで判断される。 

そうして2023年には14選手、2024年には4選手がMLB球団と契約に至った(※2024年の人数は6月の取材日時点)。

17歳で今年サンディエゴ・パドレスに入団した投手、ウンベルト・クルスの契約金は75万ドル。同じくテキサス・レンジャーズに入団した野手、アンヘル・アレドンドの契約金は35万ドルだった。

ドミニカ人で2015年に16歳でトロント・ブルージェイズと契約したブラディミール・ゲレーロJr.の同390万ドルには遠く及ばないが、ディアブロスにとってうまく育成したリターンは大きい。契約金の35%が獲得球団から支払われるからだ。 

ただし、条件が一つある。LMBでデビューを飾っていることだ。

MLBとLMBで上記の取り決めがあるため、近年、16歳でプロデビューするメキシコ人選手が増えている。

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人口1億3000万人のポテンシャル

LMB球団がメジャーリーガー輩出を目指して育成する裏には、今季導入された外国人枠のルール変更もある。ロースター30人のうち、外国人選手の登録が7人から20人に拡大されたのだ。 

ディアブロスのように資金力のある球団は、チームの多数を外国人選手が占めている。つまり、メキシコの若手選手には実質的に“イス”が用意されていないのだ。 

さらに言えば、LMBには二軍が存在しない。 

以上の事情が重なり、メキシコの若手選手はMLB球団との契約を目指している。ヘルナンデスが説明する。

「外国人枠のルールが変わり、アカデミーもアプローチを変える必要が出てきた。メキシコの選手を発掘して育成し、MLBに選手を送る。そうして彼らのシステムの中で育成されていくんだ。
25〜28歳でメジャーリーグや3Aのチームから放出されたら、ディアブロスやゲレーロスに所属してメキシコでスター選手になっていく。それが現在、我々の思い描いているプランだ」 

昨季は14人がMLB球団と契約した一方、残りの約30人は地元のアマチュアチームでプレーするか(※給料が発生する場合もある)、プロ野球選手への道を断念する。それがメキシコ球界の現実だ。 

メキシコの少年たちは10代から厳しい競争システムに置かれ、MLB球団との契約を勝ち取った選手は広大な中南米から集められた者たちと競い合っていく。

そうした中から“明日のスーパースター”を生み出そうというのが、アカデミア・アルフレド・ハルプ・ヘルのの野望だ。ヘルナンデスが語る。

「メキシコの人口は1億3000万人に迫ろうとしている。これまでは『メキシコ人は成長が遅く、ドミニカ人やベネズエラ人のように大きくない』と言われてきたが、それは言い訳に過ぎない。優れたスカウティングとテクノロジーがあれば、より良い育成環境をつくっていけるはずだ」 

今後、メキシコからどんな選手が台頭してくるのか。日本とはまるで異なる環境や立ち位置だけに、その育成方法にはヒントが多くある。


(文:中島大輔、撮影:龍フェルケル)

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