【メキシコ野球レポート 第1回】13歳からメジャーリーガー養成。6球団合同で行う「メキシコでベストなプログラム」

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【©龍フェルケル】

最新のWBSC(世界野球ソフトボール連盟)世界ランキングで日本に次ぎ2位に着けるメキシコ(※2024年9月3日時点)。
2023年ワールド・ベースボール・クラシック準決勝で日本と演じた熱戦が記憶に新しいだろう。

メジャーリーグ(MLB)では同大会にメキシコ代表として出場したジョーイ・メネセス(ナショナルズ)やイサーク・パレデス(カブス)、ホセ・ウルキディ(アストロズ)らが活躍するなど、2024年米国開幕時点の外国籍別選手数では6位の12人がプレー(※日本は10人で7位)。日本のプロ野球(NPB)ではロベルト・オスナ(ソフトバンク)が活躍している。

なぜ近年、メキシコ球界は急成長しているのだろうか。その土壌を支えるのが、地元プロ球団の運営するアカデミーだ。

メキシコのプロ野球ではなく、MLBを目指す

メキシコの太平洋沿いにあるシナロア州の都市、マサトランはリゾート地として知られている。ここに10代選手の育成拠点「アカデミア・デ・ベイスボル・デル・パシフィコ」を構えるのが、元DeNAの乙坂智が今年プレーした名門レオネス・デ・ユカタンだ。

メキシコ南東部にあるユカタン州から遠く離れているが、なぜレオネスはマサトランでアカデミーを運営しているのか。

「メキシコでポテンシャルの高い選手の多くは北部出身だ。マサトランの夏は暑いけど、野球を1年中できるのは利点だと思う」

そう話したのは、レオネスのアカデミーで捕手コーチを務めるマヌエル・ベルメンだ。

ちなみにメキシコのプロ野球には来季100周年を迎えるサマーリーグの「リーガ・メヒカーナ・デ・ベイスボル(LMB)」とウインターリーグの「リーガ・メヒカーナ・デル・パシフィコ(LMP)」という二つの異なるリーグがあり、レオネスは前者に所属している。

今季LMBは2球団増え、全20球団に拡張。各チームは10代の選手をスカウトして育てている。
最大の目的はMLB球団と契約を結ぶことだ。LMB球団に移籍金が発生することに加え、選手たちを大きく伸ばそうという目的もある。前述のベルメンが説明する。

「アカデミーの選手たちにはメキシコ国内にとどまるのではなく、アメリカのより高いレベルに羽ばたいてほしい。メキシコにとどまっていたら、ポテンシャルを最大限に伸ばせないからね。高いレベルを目指すことで、毎日より懸命に努力するようになる」

レベルアップするメキシコのプロ野球

LMB各球団のアカデミーは、NPBの二軍やMLBのマイナーリーグとは位置づけが異なる。LMBには二軍が存在しないからだ。
LMB各球団のアカデミーで19歳くらいまでにMLB球団と契約できない選手や、途中で才能を見限られた場合は野球をあきらめるか、地元のアマチュアチームに出場機会を求めることになる。

レオネスのアカデミーに所属する17歳の有望株、祖父が日系移民のイチロー・ロドリゲス・セキネは流暢な英語で答えた。

「もしアカデミーからリリースされたら、地元のチームでプレーすることが選択肢になる。でも、ここのアカデミーほどレベルは高くない。より高いレベルを目指すには、アカデミーで競争に勝ち抜く必要がある」

LMBは近年、競技レベルが上がっている。2016年ナ・リーグ本塁打王のクリス・カーターをはじめ、元メジャーリーガーの加入が増えているからだ。
リーグで放映権を一括管理するなどマーケティングが改善され、各球団が投資を増やし、選手の待遇も良くなっているという。

そこに拍車をかけたのが今季、外国人枠が7人から20人に拡大されたことだ。
特に10年ぶりの優勝を目指す名門ディアブロス・ロホス・デル・メヒコは日本人右腕投手の安樂智大(元楽天)や、元DeNAで2020年サイヤング賞投手のトレバー・バウアー、MLBのオールスターに8度選出された強打者ロビンソン・カノ(元ヤンキースなど)らを補強。リーグ戦の南地区を71勝19敗で勝率.789、2位と20ゲーム差で制し、プレーオフを勝ち進んでメキシコ王者に輝いた。

翻って、割を食っているのがメキシコ人選手だ。LMBのロースター(登録枠)は1チーム30人で、外国人選手枠の拡大で押し出される格好となった。

もともとメキシコ人選手はMLBを目指し、アメリカのトップレベルでプレー機会を得られなかった場合、LMB球団に移籍するケースが多い。
そうした背景を踏まえると、アカデミーはうまく機能していると前述のベルメンは言う。

「明確な数字を言うのは難しいが、アカデミー出身でLMBのトップチームに上がれる選手は15〜25%程度だ。それだけの人数が国内のトップリーグでプレーできれば、成功と言っていいと思う」

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週4回の実戦が最大の成長機会

レオネスのアカデミーには、メキシコ全土からスカウトされた13〜19歳の少年が毎年30〜40人ほど在籍。1年間のプログラムは1月中旬に始まり、6月後半に行われるMLBのショーケースでの契約を目指していく。

とりわけ興味深い取り組みが、4月中旬から約2カ月間開催される「リーガ・デ・プロスペクトス・デル・ノロエステ」だ。ベルメンが誇らしげに語る。
「LMBの6チームが10代の選手を送り、共同生活のプログラムを送るんだ。メキシコでベストのプログラムだと思う。メキシコでは、ここから最も多くの選手がMLBに羽ばたいている」

もともとLMBはリーグ所管のアカデミーを運営していた。各チームが10代の選手たちをスカウトして送り込み、年間60試合ほど行っていたのだ。

だが2020年、新型コロナウイルスの感染拡大で活動休止に追い込まれた(※2023年は再開したが、2024年は各所の調整がつかずにストップ)。

そこで3年前に始まったのが前述のリーガ・デ・プロスペクトス・デル・ノロエステだ。
今季はLMBの6球団、レオネス、アセレロス・デ・モンクローバ、アルゴドネロス・デ・ウニオン・ラグナ、トロス・デ・ティフアナ、チャロス・デ・ハリスコ、オルメカス・デ・タバスコが参加。4月中旬から約2カ月間、週に4試合を行いながら選手を育成している。

選手数は全部で約130人。
単独チームで参加する球団もあれば、ティフアナとラグナのように合同チームを結成するケースもある。

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毎年15人がMLB球団と契約

選手たちは敷地内の居住スペースや、近くのアパートで共同生活を送る。

コーチは各球団から派遣されるが、基本的に自チームの選手しか指導しない。ティフアナとラグナの合同チームを率いるエドガー・アギレラが説明する。

「それぞれのチームに方針があるので、干渉しないようにしているんだ。アドバイスを求められれば、もちろん答えるよ。そうして各チームが良い関係を築いている」

1日の練習は朝6時頃に始まり、7時半に朝食をとった後、体を動かして10時から試合が行われる。その目的は勝ち負けを決めるというより、実戦経験を積ませるためだ。

午後は近隣の学校に通う選手もいれば、オンラインで授業を受ける者もいる。
ショーケースでMLB球団のスカウトがやって来た際、受け答えをできるようにベルメンが英語も教えている。

試合では年齢に応じて球数制限が設けられ、13歳の場合、1イニングで最大20球まで。合計2、3イニングで40〜50球ほど投げ、週2回登板する。

15、16歳は成長に応じて判断し、1イニングでも打ち込まれて球数がかさめば交代する場合もある。18歳の投手はプロレベルとして扱い、球数が増えても予定の2、3イニングを投げる。以上が基本方針だ。

リーガ・デ・プロスペクトス・デル・ノロエステが「メキシコでベストのプログラム」と評判を呼ぶのは、国内全土から才能豊かな少年たちが集められ、ハイレベルの試合が繰り替えされているからだ。そうした環境こそ、何より成長につながると先述の17歳、セキネは語る。

「レオネスと同じように、アメリカに選手を送り出そうと取り組んでいる6チームが激しく競争している。高いレベルでプレーする中で成熟し、選手としてより良くなっていけるんだ」

異なるチームから選手やコーチが集まり、情報交換も活発に交わされる。もちろん、互いに受ける刺激も多い。
そうした育成プログラムにより、毎年約15人がMLBのショーケースで才能を認められて契約していくという。

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「人間育成」がメインゴール

レオネスのアカデミーはリーガ・デ・プロスペクトス・デル・ノロエステ終了後、7月は1カ月近くオフになる。
同月終盤から2週間開催されるサマーキャンプにはメキシコ国内外から参加者が募られ、費用は2週間で1万5200ペソ(※1ペソ=9円で計算すると、13万6800円)。

冬にもリーガ・デ・プロスペクトス・デル・ノロエステと同様の育成プログラムが実施される。実戦こそ最大の成長につながると考えられているからだ。

そうしてMLB球団との契約を目指す一方、一定レベルに達しなかった選手はリリースされる。彼らは高校に通うが、授業料はレオネスから支払われる。アカデミーと契約する際、そう契約を結ぶからだ。

背景にあるのは、複雑なメキシコ社会だ。前述のベルメンが語る。

「我々のメインゴールは選手として育て上げることではない。ここに来る少年たちが、素晴らしい人間になれるように準備させることだ。
近年のメキシコ社会には(麻薬カルテル絡みの犯罪など)タフな一面もある。お金を楽に稼げるからと、道を踏み外す者もいる。だからこそアカデミーでは人間教育も施し、悪事に手を染めず、家族と一緒に幸せになれるように導いていく」

メキシコ社会でプロ球団はどんな役割を果たすべきか。そうした点を突き詰め、メキシコでベストと言われるプログラムは実践されている。


(文:中島大輔、撮影:龍フェルケル)
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