見えづらさがあってもサッカーを楽しめる世界に

川崎フロンターレ
チーム・協会

「網膜投影視覚支援機器」を用いた観戦企画の様子 【©QD LASER】

視覚障がい者のなかで全く見えない人はわずかで、ほとんどが弱視(ロービジョン)だということをご存知だろうか。国内に約150万人、世界には約2.5億人の方が見えづらさを抱えていて、明暗が分かる人、色が分かる人、ぼんやりと形が分かる人など見え方も様々だ。

そういった方々がサッカー観戦するのは難しい…。ボールや選手が見えにくいから楽しめないのではないか…。それが今までの考えだった。しかし、川崎市に本社を置くフロンターレの協賛カンパニー「QDレーザ」が開発した「RETISSA ON HAND」(レティッサ オンハンド)という「網膜投影視覚支援機器」が今まで見えにくかったものを見えやすくしてくれる。

網膜投影視覚支援機器とは

「RETISSA ON HAND」 【©QD LASER】

そこでフロンターレはJ1第17節の名古屋戦、J1第21節の広島戦、J1第27節の横浜FM戦でQDレーザの協力を得て体験ブースを開催。また名古屋戦からは継続的に弱視の方に向けて「網膜投影視覚支援機器」を用いた観戦企画も実施し、より多くの人にサッカーを楽しんでもらうための取り組みが始まっている。

そもそも「網膜投影視覚支援機器」とはなんなのか。通常、物をはっきり見るためには、自分の眼のピント調節機能を使い、網膜にはっきりとした像を結ぶ(結像させる)必要がある。だが機器に内蔵されている小型カメラがリアルタイムで撮った映像が安全なレーザーに変換されたものを目に当てると、網膜に直接ピントが合った映像が投影されるため眼の視力(ピント調節能力)に依存せず映像を見られるようになるのだ。

健常者の方がレンズを覗くとブラウン管のテレビを観ているような映像になるが、これは自分の目で観ているのではなくてレーザーで書き込まれた映像が脳に届いている証拠。これを製品化したのは世界初であり、網膜が一部でも機能している方は今までとは違う見え方ができるということで現在は美術館に導入されるなど広い分野から注目を集められている。

佐倉市立美術館 深沢幸雄展示会場内での鑑賞会の様子 【©QD LASER】

こういった実際に体験してもらう企画を通して、伝えたいこととは──。QDレーザの金井勇樹さんは言う。

「日本、世界には見えにくさがある方は本当にたくさんいますが、私たちは網膜投影により見える可能性を広げ、そういった方たちを含めてフロンターレのサポーターとして応援できる世界を実現していきたい。これはフロンターレだけではなくJリーグ全体としても、たとえ見えにくさがあったとしても一緒に見て楽しめる選択肢があることを知ってほしい。そのためにも私たちQDレーザ、サポーターの方々、地域の方々。そしてフロンターレさんと一緒に歩みを進んでいけたらと思っています」

弱視でもサッカーはプレーできる

CA SOLUA葛飾でプレーする岩田朋之さん 【©CA SOLUA KATSUSHIKA】

このブースには弱視の認知を深めてもらうために、ロービジョンフットサルを紹介する場も設けられていた。パラスポーツのサッカーと言えばブラインドサッカー。アイマスクを装着して音が出るボールを蹴ることで有名だが、ロービジョンフットサルはGKからのスローインやキックがハーフウェイラインを超えてはいけない以外は通常のフットサルと同じルールで弱視の選手たちが見えにくい状態でプレーするのが特徴だ。

ブースでは弱視の選手たちがどんな目の見え方をしているのか細工されたゴーグルを付けて体験できることに加え、ロービジョンフットサル日本代表として世界選手権に出場し、現在も活躍する岩田朋之さんが、競技について教えてくれた。

岩田さんは26歳で病気の影響で急激な視力低下で視覚障がい者となり、様々な苦悩もあったが同年にロービジョンフットサルに出会い、現所属チームである「CA SOLUA葛飾」を立ち上げたのち、2023年に開催されたワールドカップでは日本代表選手として4位という成績を残した凄い方。にも関わらず人柄がよく柔和な性格だから話していて心地がいい。ブースでもサポーターと楽しそうに会話をしているなかで感じたことがあるという。

「ブースに来てくれた方の大半はロービジョンフットサルのことを知りませんでした。ただ共通しているのは僕もサポーターの方もサッカーが大好きということ。だから素直に応援してますと言ってもらえるのが嬉しかったです。やっぱり僕はサッカーが大好きという方々にもっとロービジョンを知ってもらいたい。どうしてもパラスポーツの応援は関係者、家族にとどまって見守っているスタンスの応援なんです。僕も26歳まで日本代表のゴール裏で応援していたけど誰かを応援するのは自分を鼓舞することにつながり、次の日の活力になっていきました。フロンターレさんのサポーターの皆さんに等々力の熱量を1%でもいいからロービジョンフットサル の場に持っていただけたら本当に嬉しいです」

また弱視の子どもたちが普通にサッカーをしたいけど、できないという現状があるからこそ岩田さんは訴えたいことがある。

「視覚障がい者の8割が弱視。川崎市にも弱視の方がいます。そういう方がサッカーをしたいとなると、どうしてもアイマスクをしてプレーするブラインドサッカーを思い描いてしまいます。でも子どもたちは普通にサッカーがしたいんです。例えば周り の友達はフロンターレのスクールに行っているから一緒に行きたいけど、弱視だと通えないんです。だからいつかJリーグのクラブが弱視の特性を知り、弱視の子どもに配慮したスクールを開催してくれるようになったら嬉しいです。弱視でもみんなと同じようにボールを蹴って、サッカー観戦にも行ける。そうやって誰もが楽しめるようになって今以上にサッカーファミリーの輪が広がっていってほしい。それが僕の思いです」

「RETISSA ON HAND」で見えたもの

岩田さんがJ1第27節の横浜FM戦を観戦 【©CA SOLUA KATSUSHIKA】

J1第27節の横浜FM戦では岩田さんが「RETISSA ON HAND」を使って試合観戦をしてくれた。岩田さんの普段の見え方は視野全体がぼやけていて曇ガラスのようになっており、特に真ん中の曇りが濃くてピッチはほとんど真っ白に見えて選手やボールを追いかけるのが難しい。ただ「RETISSA ON HAND」のレンズを覗くと普段とは違う景色が広がっていた。

「選手の表情までは見えなかったですが自分の目だけでは見えないものが見えました。選手のポジショニングやボールの動き、ズームをすればゴールの後ろにある看板の文字が少し読めたりもしました。これは今までにない体験でしたし、自分に残っている視力を広げられる可能性もあるんだと実感できたので嬉しかったです。あと芝生の緑が鮮やかに見えたりするのは自分の目だけでは見えないもの。そういったものがテクノロジーを使って体感できたのは非日常を感じられました。改めて自分に残された視力やわずかでも見えている感覚を大事にしたいと思えました」

弱視の方の思いに応える

【©QD LASER】

今シーズンの全ホームゲームでは「RETISSA ON HAND」で試合観戦できる席を4席設けている。これをキッカケに各Jリーグクラブで導入が始まれば、より誰もが楽しめるJリーグになっていくだろう。また弱視の方でもサッカーをしたい、サッカーを観たいという気持ちがある方が数多くいることを忘れてはいけない。ロービジョンフットサルも含めて弱視の方々の思いに応えられる場所がフロンターレになれるように──。

そんな世界が実現するためにもJリーグのなかで先頭に立ち、QDレーザさんや弱視の方々と一緒に歩みを進めていってほしい。

(文・高澤真輝)
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著者プロフィール

神奈川県川崎市をホームタウンとし、1997年にJリーグ加盟を目指してプロ化。J1での年間2位3回、カップ戦での準優勝5回など、あと一歩のところでタイトルを逃し続けてきたことから「シルバーコレクター」と呼ばれることもあったが、クラブ創設21年目となる2017年に明治安田生命J1リーグ初優勝を果たすと、2023年までに7つのタイトルを獲得。ピッチ外でのホームタウン活動にも力を入れており、Jリーグ観戦者調査では10年連続(2010-2019)で地域貢献度No.1の評価を受けている。

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