【スポーツマンシップを考える】Good Loserたることの意味

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【©一般社団法人日本スポーツマンシップ協会】

野球が注目を集める夏

2024年、いよいよパリオリンピックが開幕した。
新型コロナウイルス感染症の影響を受け1年遅れで開催された東京2020大会から3年。通常の4年に1度とは異なり、史上初となるインターバルで開催されるオリンピックということになる。頂点をめざすトップアスリートがしのぎを削り、そして友情を深め合う姿に、世界中の耳目が集まることになるだろう。

東京2020大会では稲葉篤紀監督率いる野球日本代表「侍JAPAN」が金メダルを獲得したが、今回のパリオリンピックでは、残念ながら実施競技として採用されていない。それでもこの夏、野球界が話題に事欠くことはない。

7月16日、今季リーグをまたいでロサンゼルス・ドジャースへと移籍した大谷翔平選手は、テキサス・レンジャーズ本拠地、グローブライフフィールドで行われたMLBオールスターゲームに4年連続4回目の出場を果たした。
ナショナルリーグの2番指名打者で先発出場した大谷選手は、その第2打席で先制3ランホームランを放った。彼自身、オールスターゲームでホームランを打つのは4回目の出場で初めてのことであり、日本人プレーヤーとしては2007年にイチロー選手が記録したランニングホームラン以来17年ぶり、スタンドインのホームランとしては史上初の快挙となった。

日本でも、7月23日、24日とマイナビオールスターゲームが開催された。セントラル・リーグ、パシフィック・リーグ12チームが誇るスターたちによって繰り広げられた2試合は、各ゲーム6本ずつ、計12本のホームランが飛び交う打撃戦となった。
ホームランダービーを含めて、幾多ものアーチが夏の夜空に描かれることとなり、また、多くのプレーヤーが笑顔で心から野球を愉しんでいる姿に、ファンのみなさんも大いに酔いしれたことだろう。

第106回全国高校野球選手権大会も開幕した。全国各地で熱戦が展開される地方大会を経て、8月には各地区の代表校49校が頂点を争う甲子園での熱き戦いが待ち受ける。
また、東京ドームでは、第95回都市対抗野球大会が開幕。各都市を代表する企業チームたちによる熱戦が繰り広げられている。さらには、夏休みに入り、野球を愉しむ小中学生などにとっても、少年少女たちのための野球大会が開催されることになる。

野球の夏。あらためて、夏は野球が注目を集める季節だといえよう。

須江航監督が語る「グッドルーザー」の重要性

高校野球がドラマチックなのは甲子園ばかりでなく、地方大会からまさにドラマチックな試合の連続である。普段はあまり野球を観ない方でも、高校球児の戦いに心奪われるという方は少なくないはずだ。

第106回全国高校野球選手権大会には、3,441チーム(3,715校)が参加した。この3,441チームは1試合ごとに敗れた1チームずつが大会を終えていくことになるため、49校の代表が選ばれることになる地方大会の時点で3,392チームは敗れ去っていく。
実に、98.6%の高校が地方大会で敗退し、夏の大会を終えるのである。そして、甲子園まで含めれば、最終的に3,440のチームが敗れ、一度も負けずに夏を終えるチームは全国でただ1チームということになる。これがこのトーナメントによって争われる選手権大会の構造だ。

そのようななかで、一昨年の夏は甲子園の頂点に登りつめ、昨夏も準優勝に輝いたのが、日本スポーツマンシップ大賞2024グランプリに選出された須江航監督が率いる仙台育英学園高校である。須江監督は、こうした構造を深く理解したうえで、「グッドルーザーであれ」と説く。
「終わった時に感情で行動することはやめよう、理性をちゃんと持って勝敗を受け入れ、相手を称え、そこから次のスタートを切ろう」と日常から生徒たちに語りかけている。

今夏も3年連続の甲子園決勝、そして、全国の頂点をめざして戦ったが、宮城県大会決勝で聖和学園高校に敗れ、あと一歩のところで甲子園の地を踏めないこととなった。想いが叶わず甲子園を逃した選手たちに対するラストミーティングの様子が映像に残されている。

「甲子園の頂点まで2年連続、ひとつは達成して、ひとつは指をかけて、自分たちの時に甲子園に行けないというのは、ある意味3年連続甲子園に行けないより苦しいことだと思うし辛いことだと思う。でも、そういう中で聖和学園さんを称えられた」と、昨夏決勝で慶應義塾高校に敗れた後にも口にした「グッドルーザーであることの重要性」を体現したプレーヤーたちを労った。

そのうえで、「あなたたちを支え育ててくれた人に対して、今日は人生の大切なタイミングだから、優勝した時とか勝った時じゃなく、今日負けたときに連絡することが大事。勝ったときに勝ちましたという報告より、負けたときに感謝を伝えられる。それは、絶対に欠かしてはいけない。それは、ここで学んだことだし、これからの人生でとても大切にしてほしいことだから、今日のこの後の時間を本当に有意義に使ってほしい」と声をかけ、そして、こう締めくくった。

「敗者復活の第一歩だから、今日という日を無駄にしない。今日が大事なんだよ。」

勝ち進む難しさと、勝ちに勝る価値

日本スポーツマンシップ協会が公認する「スポーツマンシップコーチ」としての資格を有する高校野球の監督のなかには、慶應義塾高校・森林貴彦監督や、弘前学院聖愛高校・原田一範監督なども名を連ねている。

夏の甲子園連覇の可能性を有する唯一のチームとして、この夏の神奈川県大会に挑んだ慶應義塾高校は、5回戦で桐蔭学園高校に敗れた。

森林監督は試合後、「何もかもうまくいく1年と、うまくいかない1年があり、なかなか得られないような経験ができたことを必ず今後にいかしていきますし、いかしていかないといけない責任を感じています」と涙ながらに語った。
そして3年生たちには、「野球選手としても、一人の人間としても、次にいかして成長した姿を見せてくれることを楽しみにしています」との言葉を送っている。

原田監督率いる弘前学院聖愛高校は、青森県大会決勝まで勝ち進んだが、青森山田高校に1点差で敗れ、こちらもまた甲子園には一歩及ばなかった。

このチームは、開会式の際に手を振って入場行進をするというこれまでにない取り組みに挑んでいた。キリスト教を学び、平和教育に力を入れているという同校の教育背景から、「軍隊を連想させるような従来の行進ではなく、平和の祭典であるオリンピックのような明るい行進の方がふさわしいのではないか」と前年度の先輩たちが発案したそうだ。

昨夏はあいにくの雨で入場行進がなくなってしまったこともあり、先輩たちの想いを引き継いだ今年のメンバーたちで実現させたという。彼らは決勝で敗れ準優勝となった後の表彰式でも同じように手を振って行進してみせた。
負けてベンチにいるときに思いついたという貴田光将主将は、「勝っていたら、相手がいやな気持ちになると思うのでやらなかった」と話したことからも、単なるパフォーマンスということではなく、あくまでGood Loserとしてのふるまいとして実行したことがよくわかるエピソードでもある。原田監督の導きにより、スポーツマンとしての心構え、Good Loserたる矜持が日常的に備わっていることが伝わってくる。

勝ち進むことの難しさと向き合っていく覚悟をもちつつ、勝ちに勝る価値をいかに手にしていくのか。この重要性こそ、本稿でも繰り返しお伝えしていることである。

究極のスポーツマンへと続く道

Good Loserは、最初から「勝ちをめざさなくてもいい」というような姿勢でゲームに臨むことからは生まれない。真剣に全力で勝利をめざすことは、Good Loserとなるための最も重要な条件のひとつである。
しかしながら、それゆえに、ゲームに敗れたとき、想いが叶わなかった私たちは心をコントロールすることができなくなってしまう。

敗北の事実を受け止めながら、自らに足りなかった部分に想いを馳せる。そこから何を学び、いかにその先につなげていくのかという思考や行動が肝要になるのである。この一連を理解し、具現化できる者こそがGood Loserとなりうる。

前述の須江監督は、日本スポーツマンシップ大賞2024グランプリ受賞に際して、
「スポーツは対戦相手があってできることです。(昨年の)決勝戦で戦った慶應義塾さんのチームの理念、取り組みの姿勢、戦いにおけるフェアプレー……、敗れた後も相手を称えたいというキモチにさせていただいたことが、私たちにとって大変大きな学びになりました。尊重すべき相手だからこそ、私たちも敗れても敬意をもって相手を称えて、試合を終えて学びに変えたいという想いになる。昨今のアマチュアスポーツの世界では、そういったお互いをリスペクトし合えるような取り組みができているチームが安定して成績を残しているような印象がある」
とコメントしている。

Good Loserであることは、高潔さと美しさをもたらす。しかしそれは、まさに「言うは易く行うは難し」であり、実践することは決して簡単なことではない。だからこそ、Good Loserこそが究極のスポーツマンの姿ともいえるのである。

【一般社団法人日本スポーツマンシップ協会】

中村聡宏(なかむら・あきひろ)

一般社団法人日本スポーツマンシップ協会 代表理事 会長

立教大学スポーツウエルネス学部 准教授
1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒。広告、出版、印刷、WEB、イベントなどを通してスポーツを中心に多分野の企画・制作・編集・運営に当たる。スポーツビジネス界の人材開発育成を目的とした「スポーツマネジメントスクール(SMS)」を企画・運営を担当、東京大学を皮切りに全国展開。2015年より千葉商科大学サービス創造学部に着任。2018年一般社団法人日本スポーツマンシップ協会を設立、代表理事・会長としてスポーツマンシップの普及・推進を行う。2023年より立教大学に新設されたスポーツウエルネス学部に着任。
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著者プロフィール

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