「絶対にラグビーはやらない」が「もっと上手くなりたい」に変わった理由 〜vol.3川合カイト【三重ホンダヒート新人インタビュー】

三重ホンダヒート
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【三重ホンダヒート】

甘いマスクからは想像できない、アツく芯の通ったラグビーが特徴の川合カイト選手。
父は元ラグビー日本代表ながら、高校に入るまで楕円球からは遠ざかっていた。
なぜラグビーを始め、なぜ、ヒートに入ったのか。
そこには、一貫して「自らが納得するまでやりきる」という確固たる意志が秘められていた。

川合カイト(かわいかいと)東京都出身、小山台高校(東京都)→筑波大学。183cm/90kg。ポジションはセンター 【三重ホンダヒート】

常に意図を持ってプレーしたい

――芯あるプレーが魅力的な川合選手。チームメイトからは「マイペース」とのコメントも多く耳にしますが、一転ラグビーになるとアツい
ラグビーに対しては常に意図を持って考え、プレーするようにしています。試合中はっきり意見することもありますし、チームを鼓舞したい気持ちもある。そういう気持ちが出ている時に、熱く映っていたのかもしれません。
でもヒートの先輩やコーチたちからは「黙ってやっているな」と思われているのではないかなと思います。今はまだ、意見するよりもまずはチームの考えを聞いて、自分の中で消化している状態です。いずれチームのことが分かってきたら、自分の考えもはっきり伝えたいな、とは思っています。

――段階を踏んで、自分の立ち位置を把握し納得してから自らの意見を言う、ということですね。やはり一本の芯を感じます。話は変わりますが、『カイト』というお名前の由来を教えてください
父の名前がカタカナだったので、それを引き継ぐ形でした。カイト自体には特に意味はないらしく、音の響きが良くて呼びやすいから、という理由だと聞いています。川合よりもカイトと呼ばれることの方が多いので、人との距離感も近くなる。そういう点で良い名前をもらったな、と感謝しています。
ただヒートでは先輩に(森川)海斗さんがいるので、名字で呼ばれることもありますしカイトって呼ぶ人もいます。同期はカイト呼びですね。練習中「かいと」と呼ばれて混乱する時もたまにあります(笑)

「求められている感」が嬉しかったラグビーとの出会い

――お父様はNECグリーンロケッツや日本代表でも活躍された、川合レオ氏です。小さい頃から身近にラグビーがあったと思いますが、ラグビーを始めたきっかけを教えてください
本当に小さい頃、1度ラグビースクールに連れて行ってもらったことがあります。父と母が見ている分には凄く楽しそうにプレーしていたそうなんですが、自分の中ではとんでもなく嫌な記憶で。絶対ラグビーやらない、という感情で記憶されていました。
その後、小学校低学年の頃に父が始めたラグビースクールへも行ったのですが、気付いたら行かなくなっていて。父も無理矢理やらせることはなかったので、代わりに友達がやっていたサッカーを始めました。ポジションは左サイドバックだったのですが、ボールの落下地点を読むのが苦手だったんですよね。チームの穴、って言われていました(笑)

――それでなぜ、ラグビーに転向を?
中学ではクラブチームでサッカーをしたのですが、そのチームが自分には合わなかったんです。3年間続けはしましたが、あまり良い思い出ではなくて。サッカーの技の一つにシミュレーションがありますが、自分が真面目に体をぶつけてディフェンスした時に、相手がそういう技術を使うと自分にカードを出されることもあったんですよね。それがどうしても理解できなかったこともあり、サッカー自体が楽しくなくなってしまいました。それで高校では何か違うスポーツを始めよう、と思った時に候補となったのがラグビーとバスケでした。
体験入部期間中、いくつかの部活動を見て回る中でラグビー部が一番「君センスあるよ!」って褒めてくれたんです。後でお世辞だった、ということは分かったのですが(笑)めちゃくちゃ褒めてくれたことで「求められてる感」を感じたんですよね。サッカーの時には感じられなかった「求められている感」がとにかく嬉しくて、入部を決意しました。

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――どんな高校時代でしたか?
ラグビーがすっごい楽しくて。ずっと、本当に楽しいまま3年間ラグビーをさせてもらえた環境でした。

――ラグビーの記憶が「もうやりたくない」というところからスタートして、他のスポーツを経た後にラグビーを楽しいと感じられるようになった。それが川合選手のすごさだと思います。なぜ、楽しいと思えるようになったのでしょうか
初めてだったゆえ出来ないことはたくさんあったのですが、その分「これができるようになった」「あれができるようになった」と感じる機会がたくさんありました。
そうなってくると、上手くなりたいという欲も出てくるんですよね。そのタイミングでちょうど、東京都代表のセレクションに推薦してもらうことが出来たんです。結果的に代表には選ばれなかったのですが、上手い人たちと一緒に練習する機会をもらえて、自分より遥かに上手い同級生たちと一緒にラグビーできることがめちゃくちゃ嬉しくて。「これができるようになりたい」「あれができるようになりたい」というのを間近で感じることができました。そんな同級生たちに近づくため一生懸命練習をしたら、自分の成長も感じることができた。それが楽しかったんだな、って思います。

――1つひとつ目の前の目標をクリアしていくことが楽しくて、新しい目標ができることも嬉しかった、ということですね
その時はそうでしたね。上手い人とラグビーできるだけでも嬉しかったです。
ただ、合宿1週間前に肘の炎症を起こし入院しなければいけなくなってしまって。すっごい楽しみに毎回練習会に参加してたので、行けなくなったことが本当に悔しかったです。

――高校時代は総じてラグビーが好きになることができた3年間だったと思います。大学ではいかがでしたか。なぜ筑波を目指されたのでしょう
オール東京で上手い人たちと一緒にやりたかったけど、結局出来ずに終わってしまったことが一つの理由です。自分がどこまで挑戦できるのか分からずに終わってしまったこと、あとはシンプルにラグビーが好きで続けたいなと思ったことで、一般受験で筑波大学に進学しました。

男2人兄弟の長男。弟は芸術肌でラグビーはしていないが「自分のやりたいことを実現するために自ら道を切り拓いている姿が格好良い」と尊敬している。大学時代にはそんな弟の姿に刺激を受けていたという 【三重ホンダヒート】

――大学4年間はいかがでしたか
入学した当初はレベルの差をものすごく感じました。体も細かったですし、技術的にも差を感じて。でも見本となる人がたくさんいたので楽しかったです。
ただ入学後すぐに肩の手術をしたため、初めての試合は大学2年生になってから。Aチームで出ている同級生もいる中、僕はBチームだったので伸び悩むというか。いくら練習してもお手本にしていた先輩たちのようになれず、あまり楽しめない時期が続きました。
転機は3年生の時です。練習期間だけAチームに混ぜてもらえることが増えて、コーチから「今の良かったよ」と言われ自信が積みあがっていったんですよね。そしたら3年生の最後、対抗戦に出場することが出来ました。自分が見本としていた先輩にはなれなくても、100%自分の仕事をこなすことで試合に出られる、ということに気付けたんです。
それからは自分に求められてることを一所懸命にやろう、と考えが変わりました。4年次の対抗戦はたくさん試合に出ることが出来ましたし、波はありましたがラグビーにおいても人としても成長できた4年間だったなと思っています。

――1年生、2年生の頃、楽しめない時期が続いたその時期をどう乗り越えたのでしょう
帰省した時に友人と話すと「ラグビー頑張ってるね、すごいね」って言われたんですよ。でも自分の中ではAチームで出てないから全然すごくない、って思っていて。それが恥ずかしかったんです。すごいことをしていないのに、すごいねって言われるのが恥ずかしかったので頑張れた、というのもあります。あとはシンプルに上手くなりたい、っていう気持ちはずっとあったので、その2つがモチベーションでしたね。

――上手くなりたい、という思いが、ラグビー始めた頃からずっと変わらずにあるんですね
はい。それはあります。

父・レオ氏からプレーの指摘をされることは絶対にない。「大学入学当初は『1秒でも対抗戦に出られたらいいね』と言われていました。結果何分も出場でき、期待に応えられてよかったなと思います。」一番近くで見守ってくれる存在だ 【三重ホンダヒート】

勇気や元気を与えられる選手に

――なぜヒートへの入団を決断されたのでしょうか
実は最初、普通に就職しようと1度お断りさせて頂いたんです。一般企業から内定も頂いていたんですけど、それでも声を掛けてくださっていて。4年生で対抗戦を戦っている最中だったのですが、ちょうど監督から自分の課題を与えられたタイミングでした。メンバー選考の中で「攻撃力をチームに出すために、カイトじゃなくて別の選手を使った」と言われた試合があったんです。
その時に、大学残り数ヶ月で急激に成長するのは無理だな、って思って。と同時に、課題をはっきり言われたまま終わるのがすごく心残りになりそうだな、と思いました。せっかくラグビーを続けるチャンスが目の前にあるのだから、その課題を解決できるように。もっと成長できるよう、社会人になっても頑張ってみようかなと思ったことがきっかけでした。そのチャンスをくれたのがヒートだったので、入団を決めました。

――ずっと一貫してるんですね。川合選手自身が求めるレベルに達することが、ラグビーを続ける上での1つのテーマなのだと理解しました。
迷いながらもリーグワンでラグビーを続け、5ヶ月強が経ちました。今、何を感じていらっしゃいますか

チームのみんながすごく優しくて温かい人たちばかりです。大学時代は1人暮らしで、食事も全部自分で準備をしていたので、ここには自分が成長する上で必要な環境が整っているなと感じました。
ラグビーにおいても知らない考えがまだまだたくさんある、ということをこのチームに入って感じているので、知らなかったことを知れたり、出来なかったことに挑戦出来たり、という環境をすごく楽しみながらラグビーできています。
昨シーズンはDivision2残留となりもちろん悔しいですし、あと一歩のところだったのですごく悔しいですけど、言い換えれば自分が出る試合でチームをD1に上げるチャンスがあります。チャンスがもう1度今の自分にあって、自分が出た試合でD1を目指せる権利が今はある、と捉えています。

――それは期待できるお言葉です
かなり大きな目標ですし、まだ全然足りないですけど。目指したいな、と思っています。
特にこのチームは人がすごく温かいんです。練習中ミスが続いた時にフォローしてくれたり、困った時には聞きやすい環境を作ってくれたりしていて。すごく好きなところですね。

仲良しバックス同期たちと。写真中央が川合選手 【三重ホンダヒート】

――ご自身はヒートの中でどういう存在になっていきたいですか
自分は派手なプレーができるわけではないので、安定したプレーでチームに信頼される存在になりたいです。そしていずれは、自分が試合で頑張る姿を見てもらうことで、勇気や元気を与えられる選手になりたいですね。「川合カイトのプレーを見に行こうよ」って人が集まるきっかけになるような、そういう機会を作れる選手になりたいなって思います。

――お話を伺っていたら、遠い夢ではないと感じました。最後に、ファンの皆様に向けてメッセージをお願いします
派手なプレーは得意ではないですが、一生懸命ひた向きに体を張るプレーはできます。応援したくなるようなプレーをお見せすることで、ファンの方々に勇気や元気を受け取ってもらえたら嬉しいです。
チーム全員がD1昇格に向け熱い想いを持って日々トレーニングしています。ヒートの応援を、よろしくお願いします!
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