高校野球で選手の意見を聞く機会はある? いびつな二軍選手と球団の関係から考える

中村計 松坂典洋

「勝たしちゃるけん。俺の言う通りにやれ」

中村 選手たちの意見を吸い上げるというのは確かに理想的なやり方ですが、実際は、学校レベルでも選手にどうしたいかを聞いてから判断する指導者はあまりいない気がします。

 やはり監督の発想でいくと「やることやってから物を言え」とか「自分の意見と自分勝手をはき違えるな」みたいな方へ行きがちなのではないでしょうか。

松坂 高校野球くらいの年代だと、選手一人ひとりの意見を聞きながら、あっち行ったり、こっち行ったりしながらやるよりも、上意下達方式で、選手は指導者が示した方向に何の疑問も持たずに突っ走るという組織にしてしまった方が早く結果が出るというのもあると思います。これまで強豪と言われるチームのほとんどがそうだったわけですよね、おそらく。つまり、マネジメントの手法としては極めて効果的なんだと思いますよ。

中村 2023年夏、選手の自主自律を掲げた慶應が優勝しましたよね。でも、直後に開催されたU-18ワールドカップベースボールで明徳義塾の馬淵史郎監督率いる日本代表が初優勝を飾ったんです。馬淵監督は選手らに「おまえら勝ちたいか?」とよく聞くそうなんです。独特のダミ声で。もちろん、選手らは勝ちたいと答えますよね。そうすると、こう返すわけです。「わかった。勝たしちゃるけん。俺の言う通りにやれ」と。

松坂 慶應の真逆を行っているような印象を受けますが。

中村 そういうチームが慶應に続いて快挙を成し遂げたというのが非常におもしろかったんです。代表チームには甲子園で「美白王子」の異名をとった慶應の「一番・センター」、丸田湊斗(みなと)君もいて、彼に馬淵監督の印象を聞いたのですが、そんなにギャップを感じている様子でもなかったんですよ。要するに観る側は安易に「自主性野球」とか「馬淵野球」とかレッテルを貼りたくなりますけど、強いチームの本質はそんなに変わらないんじゃないかなという気もしたんです。

松坂 「エンジョイベースボール」を掲げているからといって、いつもニコニコしているわけではなく、鬼の形相でボールを追った日々もあるだろうし、これだけは全員で守ろうというルールもあっただろうし。

中村 慶應の優勝メンバーはグラウンド内では常に駆け足とか、グラウンド周りをきれいにするとか、そういう地道なことも選手間で徹底していたんです。「野球の神様は100パーセントいると信じてやろう」と。そういうところは、けっこう精神主義的なんです。

 明徳義塾も馬淵監督が絶対的な存在であることは間違いないのですが、監督自身、そんなものが通用しないこともどこかでわかっているんです。明徳は携帯電話は禁止なのですが、馬淵さんは「隠れて持ってるやつもおるよ」と言うわけです。見て見ぬ振りをする柔軟さも併せ持っているわけです。

松坂 結局のところ、合理性と非合理性のバランスなんでしょうね。どちらに偏っても、それはそれでうまくいかない気がします。

書籍紹介

【(c)KADOKAWA】

日本人に愛される「高校野球」から日本人が苦手な「人権」を考える

甲子園から「丸刈り」が消える日――
なぜ髪型を統一するのか
なぜ体罰はなくならないのか
なぜ自分の意見を言えないのか
そのキーワードは「人権」だった
人権の世紀と言われる今、どこまでが許され、どこまでが許されないのか
高校野球で多くのヒット作を持つ中村計氏が、元球児の弁護士に聞いた
日本人に愛される「高校野球」から日本人が苦手な「人権」を考える
知的エンターテインメント

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