MLBポストシーズンレポート2024

初の大舞台で大谷翔平が見た景色 ドジャースが世界一を決めた「2つのターニングポイント」【PS総括】

丹羽政善

ケン・グリフィーJr.の大谷評

ワールドシリーズ第5戦の前に取材に応じるケン・グリフィーJr. 【筆者撮影】

 さて、ワールドシリーズでは結局19打数2安打、0本塁打、0打点、2得点、打率.105に終わった大谷。しかし、第3戦以降は、あまりデータとしては参考にならないのではないか。第2戦で左肩を亜脱臼したことは、少なからずというか、確実に影響した。
 そもそも、ワールドシリーズでなければ出場することはありえなかったが、第5戦の試合前、主に1990年代に活躍し、世界でもっとも美しいスイングと称されたケン・グリフィーJr.に話を聞くと、「あのスイングでは、外角低めの球に届かない」と指摘した。

「昨日(ワールドシリーズ第4戦、七回1死)もそうだった。見逃すことができればいいけど、時々捉えられると思ってしまう。でも、いまの肩の状態では打てない」

 先日紹介したように、スイングスピードそのものは戻った。しかし、左腕が使えないため、どうしても押し込めない。また、脳がストップをかけるのか、インパクトの瞬間、左手が離れてしまう。
「でも、彼は勝ちたいんだろう」とグリフィーJr.。
「それだけ彼は、負けず嫌いなんじゃないかな」

 その通りである。高校のとき、同級生と相撲をして負けると、勝つまで挑み続けた。

 ちなみに、大谷とグリフィーJr.は、ある点で非常に似ている。

 今回、彼グリフィーJr.にインタビューをお願いすると、「向こうで友達に挨拶をしなきゃいけないから、ちょっと待っててくれ」と言い残し、どこかへ消えた。

 言われた通り待っていると、ちゃんと戻ってくる。そういうところは律儀だが、いざ質問を始めると、固まったまま動かない。

筆者の質問に固まったまま動かないケン・グリフィーJr. 【筆者撮影】

 あれ? 聞こえなかったのかな? こっちの質問が伝わらなかったのかな? そう思って再度質問を始めると、急に相好を崩した。

「ハハハハハ。からかっただけだ。焦っただろ?」

 大谷にもそういうところがある。数年前のシーズン最終日、「1年間、ありがとうございました」と挨拶に行った。すると、こう言われた。

「えっ、辞めるんですか?」

 そんなこと、一言も言っていない。あっけに取られていると、大谷は声をあげて笑い始めた。

現地記者も脱帽した大谷の“センス”

 そんなセンスの一端が今回も垣間見られた。

 2020年に優勝したとき、コディ・ベリンジャー(現カブス)がナ・リーグのチャンピオンシップシリーズで右肩を脱臼した。大谷は「あのときも、脱臼をした人がいたけど優勝した。だから今回も――」というメッセージをチームメイトに送ったことはすでに紹介したが、その内容は米有線放送局「ESPN」のジェフ・パサン記者も掴んでいた。
 第3戦の試合後、その話をある選手が教えてくれたのだが、パサン記者も同じような取材をしていることに気づいた。取材が終わってから、クラブハウスの外の廊下で腹の探り合い。

「全文を手に入れたのか?」と聞くと、「全部ではない」。「じゃあどこまで?」と探ると、「そんなこと言えるはずがないじゃないか(笑)。そっちはどうなんだ?」。「いや、それは言えない」。そんなやり取りを2〜3回繰り返していると、パサン記者が「一つだけ。2020年の話だ」と教えてくれたので、「あのベリンジャーの話か?」と返すと、「なんだ、知っていたのか」となった。

 翌日、彼の原稿を確認すると、それ以上の話はなかったので、少しホッとした。

 改めて彼と話をしたが、彼も感心していた。

「左肩を亜脱臼したあと、それをいい兆候だと自分で言ってしまうセンスがすごい。よく思いついたと思わないか?」

 その通りである。

「チームメイトはクスッと笑って、安心できたんじゃないかな」

 今回のポストシーズンにおいて、地区シリーズ第4戦前の爆笑ミーティングと、ワールドシリーズ第2戦終了後にチームメイトに送った大谷のメッセージは、間違いなくターニングポイントの一つとなった。

大谷が自分らしさを取り戻すのに要した球数

ドジャース移籍初年度に、ワールドシリーズ制覇と前人未踏の「50-50」を成し遂げた大谷翔平。二刀流の復活を目指す来季に期待が高まる 【Photo by Mike Lawrence/MLB Photos via Getty Images】

 大谷の亜脱臼の原因となった硬いグラウンド。
 負けが決まった試合で長いイニングを投げ、勝ちパターンのリリーフ投手を翌日以降に温存できるよう体を張ったランドン・ナックとブレント・ハニーウェル。
 ケガで途中交代を余儀なくされたことに涙したミゲル・ロハス。
 山本、ビューラーの復活。
 メッツとの第5戦で疑問視された大谷の走塁。
 ワールドシリーズ第3戦で、ムーキー・ベッツの手首を掴んだファンの守備妨害。
 ワールドシリーズ第5戦の八回表、大谷に対する打撃妨害。
 ワールドシリーズ第5戦の八回裏、執念でピンチを凌いだブレーク・トライネン。
 満身創痍の中、ワールドシリーズMVPに輝いたフリーマン。

 まだ書きたいことはあるが、最後に、このポストシーズンで印象残った大谷の言葉を一つだけ紹介して終わりたい。

 初めてのプレーオフ。それに向けての調整も手探り。不安もあった。「興奮するなかで自分のスイングができるのか。どれだけ冷静に自分プレーができるか」。しかし、杞憂に終わった。

 地区シリーズ第1戦の初回、打席に入ったとき「どんな景色が見えたのか?」と聞くと、大谷はこう答えた。

「1球目にカーブが来たので、自分の中で気持ちがちょっと楽になったというか、カーブに対して1球目から反応できたなというので、落ち着きというか、自分の中でスッと(試合に)入れる感覚があった」

 彼が初の大舞台で自分らしさを取り戻すのに要したのは、たった1球だった。

※連載「MLBポストシーズンレポート2024」は、今回をもちまして終了となります。ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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著者プロフィール

1967年、愛知県生まれ。立教大学経済学部卒業。出版社に勤務の後、95年秋に渡米。インディアナ州立大学スポーツマネージメント学部卒業。シアトルに居を構え、MLB、NBAなど現地のスポーツを精力的に取材し、コラムや記事の配信を行う。3月24日、日本経済新聞出版社より、「イチロー・フィールド」(野球を超えた人生哲学)を上梓する。

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