MLBポストシーズンレポート2024

初の大舞台で大谷翔平が見た景色 ドジャースが世界一を決めた「2つのターニングポイント」【PS総括】

丹羽政善

爆笑ミーティングの真相

 地区シリーズ第4戦。相手は中3日でディラン・シースが先発した。ワイルドカードゲームでジョー・マスグローブが右肘の靱帯を損傷し、トミー・ジョン手術をすることになった。その点ではパドレスにも誤算があったが、ドジャースは先発が3人しかいないので、シーズン最後になるかもしれない試合を、リリーフ投手を小刻みに継投する「ブルペンデー」で臨むことになった。最初からハンデ戦である。

 決戦の日。ドジャースは試合前にミーティングを行った。

 そこで、デイブ・ロバーツ監督が、フレディ・フリーマンが、あるいは大谷が、選手を鼓舞するようなスピーチをしたのだろうか。だとしたら、どんな言葉が選手らを奮い立たせたのか。

 第4戦を8対0で圧勝し、2勝2敗のタイに持ち込んだドジャース。試合後、ある選手が教えてくれた。

「多分、みんながイメージしているようなミーティングではない。いろんな人が面白い話をしたり、面白いことをしたり。腹が捩れるほど笑った」

 日本風に言い換えるなら、みんながとっておきの「すべらない話」や宴会芸を披露したということのようだが、精神的には一番追い詰められていたあの日の試合前、クラブハウスでは爆笑ミーティングが行われていたのである。

 第5戦はダルビッシュ有が立ちはだかったが、山本も5回2安打無失点の快投。ドジャースはソロ本塁打2発でケリをつけた。この試合ではキケ・ヘルナンデスが先制本塁打を放ったが、そんな脇役の登場もチームを支えた。

地区シリーズ第5戦、パドレスのダルビッシュ有からソロ本塁打を放った、ドジャースのキケ・ヘルナンデス 【Photo by Harry How/Getty Images】

打者・大谷が負けを認めた大ベテラン

 ナ・リーグチャンピオンシップシリーズの相手はメッツ。終盤、怒涛の勢いでポストシーズン出場を決め、ナ・リーグの本命と目されたフィリーズを一蹴した。ところが、シリーズが始まってみると、さほど手応えがない。相手がパドレスのときは、何点リードしていても気が抜けなかったが、メッツはリードされると淡白。フランシスコ・リンドアだけ気をつけておけばいい、というイメージだった。

 それよりもこの頃、ドジャースはシーズンでも稀に見る好調期に突入していた。打線がつながり、タイムリーが出る。不安だった投手陣が、先発もリリーフも安定。全ての歯車が噛み合った。むしろあのとき、話題になったのは、ワールドシリーズに行けるかどうかではなく、大谷の打撃だった。
 走者なしの場面では、プレーオフが始まって8試合で25打席無安打。一方で、同じく8試合の段階で、走者を置いた場面では、9打数7安打。得点圏では9月19日まで遡ると、10月18日までの1カ月で19打数17安打。両極端だった。

 よって「どうアプローチが違うのか?」という質問が何度も繰り返されたが、その度に大谷は「特別に変えたことはない」と繰り返した。

「やることはずっと言っている通り、変わらない。多少状況によって変わることはありますけど、アプローチ自体を変えることはない。スモールサンプルの中の偶然起きた数字じゃないかなと思っています」

 ただ、すでに触れたように、走者を塁に置いた場面、得点圏ではめっぽう強く、地区シリーズ第1戦では3点ビハインドの二回に同点3ランを放ち、メッツ戦では2戦連発の本塁打を放つなど、存在感は圧倒的だった。

 ロバーツ監督が皮肉った。

「シーズン序盤、得点圏で打てないとき、あれだけ問題視したのに。走者がいなくても、問題になるのか? なんだか滑稽だ」

 とはいえ、抑えられたことは事実。相手も手をかえ、品をかえ、大谷に挑んだ。

 ワールドシリーズでは、第1戦と第5戦に先発したゲリット・コールに6打数無安打。優勝を決めた第5戦では、五回1死満塁のチャンスで打席に立ったが、空振り三振を喫した。

ワールドシリーズ第5戦に先発したヤンキースのゲリット・コール。7回2/3を投げ5失点(自責点0)、108球の熱投だった 【写真は共同】

 改めて6打席を振り返ると、配球に工夫が滲んでいる。過去との配球比率を比較するとこうなった。

コールの大谷に対する配球比率
(左:2018年~24年のレギュラーシーズン→右:ワールドシリーズ)

4シーム:56.7%→33.3 %
チェンジアアップ:18.6%→16.7%
ナックルカーブ:12.4%→25.0%
スライダー:11.3%→0%
シンカー:1.0%→16.7%
カッター:0%→8.3%

 第1戦では、過去大谷に対して56.7%も投げていた4シームを1球しか投げなかった。一方で、レギュラーシーズンでは1球しか投げたことのない、シンカーやカッターを投げて翻弄した。あのコールが、代名詞でもある4シームを捨てでても、かわしにきたのである。

 この攻略パターンは、ダルビッシュが地区シリーズで見せた攻めそのもの。ダルビッシュも大谷を6打数無安打に抑えたが、傾向が似ている。メッツのルイス・セベリーノは、リーグチャンピオンシップシリーズで大谷と対戦する前、「ダルビッシュを参考にする」と話したが、ダルビッシュの配球もまるでレギュラーシーズンとは異なるものだった。

ポストシーズンでは2試合に先発し、1勝1敗、防御率1.98の好成績をマークした、パドレスのダルビッシュ有 【写真は共同】

ダルビッシュの大谷に対する配球比率
(左:2018年~24年のレギュラーシーズン→右:地区シリーズ)

スプリット:30.0%→28.6%
カッター:30.0%→14.3%
4シーム:30.0%→ 7.1%
スライダー:10.0%→ 28.6%
カーブ:0%→21.4%

 4シームの比率を減らし、これまで大谷には投げたことのなかったカーブを21.4%も投げている。これを参考に、来季、他の投手もこれまでと異なる配球パターンで攻める可能性があるが、それはそれで大谷が適応するので、賞味期限はさほど長くないのではないか。短期決戦だからこその攻めである。

 ちなみに、ダルビッシュとの対戦について大谷は「ダルビッシュさんとの対戦に関しては、自分の過去のイメージとのギャップであったりとかそういうところのズレが、打席の中でファウルになったりとかに出ていた」と負けを認め、こう続けている。

「1つの型に収まることなくというか、どういう状況でもうまく投げられるそういう強さがある」

 そこにダルビッシュの凄みが透けた。

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著者プロフィール

1967年、愛知県生まれ。立教大学経済学部卒業。出版社に勤務の後、95年秋に渡米。インディアナ州立大学スポーツマネージメント学部卒業。シアトルに居を構え、MLB、NBAなど現地のスポーツを精力的に取材し、コラムや記事の配信を行う。3月24日、日本経済新聞出版社より、「イチロー・フィールド」(野球を超えた人生哲学)を上梓する。

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