パラ競泳・木村敬一が快挙、支えた五輪メダリストも涙 全盲の選手指導で新たな学びも

C-NAPS編集部

パリでの栄光を目指した木村と星さんの歩み

記念写真に笑顔を見せる木村(左)と星さん。金メダリストを指導することは、人知れず苦労や迷いもあったという 【本人提供】

 木村選手と私は同級生であり、2012年のロンドン大会の際にお互いにメダルを獲って、同じイベントに参加するというご縁がありました。そのときに連絡先を交換して親交を深めました。そんな仲ではありましたが、木村選手から「泳ぎを指導してほしい」というオファーがあった際は、正直に言って少し躊躇しましたね。木村選手はすでに世界の頂点に立っているので、「私が何かを変えることはできるのかな」「今よりも遅くなってしまったらどうしよう」という不安があり、2つ返事はできませんでした。

 ただ、「泳ぎを見ないことにはなんとも……」と思い、合宿の水中映像をじっくり見させてもらいました。チェックしてみると実際に改善できそうなところはいくつかあったので、私自身もこのプロジェクトに挑戦してみることにしたんです。

 木村選手が今大会で最高の結果を残したので、3年間の道のりが順風満帆だったように思う方も多いかもしれませんが、決してそうだったとは言えません。2023年8月に英国・マンチェスターで開催されたパラ競泳世界選手権の男子バタフライ100メートルでは、木村選手は銀メダルで優勝を逃しています。「今の調子でパリは大丈夫かな」と心配しましたし、1年前のタイミングでパリでのこの活躍を想像できませんでした。

 木村選手、コーチ、そして私という3人で、フォームの改善に取り組みましたが、その歩みは本当に3歩進んでは2歩下がる、2歩進んでは3歩下がるような前進と後退を常に繰り返す日々でした。それでもフォーム改善をやり切ることができたのは、木村選手の人柄があってのことです。ネガティブな感情になることがなく、常に前向きにチャレンジする姿勢を貫いていました。「チーム木村は楽しそうだね」と周囲からも言われましたし、木村選手の姿勢や努力が今回の快挙につながったのは言うまでもありません。

気づいたのは指導における「言語化」の重要性

全盲の木村を指導するうえで重要になるのは、言語化して具体的に教えること。指導を通して星さんは、感覚でやっていた泳ぎをより理論的に説明できるようになった 【本人提供】

 木村選手への指導を経験して、私自身がバタフライのフォームをより理論的に語れるようになるなど、多くの学びがありました。健常の選手は自身の泳ぎを映像や数値でチェックしたうえで、コーチから「ここが良くない」のようなフィードバックをもらうのが普通です。しかし、全盲の選手は視覚的に自分の泳ぎを確認することはできません。「現在の泳ぎがどんな状態だから、こう改善したほうがいい」のように具体的に言語化して伝える必要があります。

 私は泳ぎの感覚を言語化することを、現役時代はあまり意識していませんでした。木村選手への改善点を提案する際も、「どう伝えれば、より泳ぎが良くなるのか」を常に考えていました。自分たちが当たり前にやっていることが、ブラインドだとまったく当たり前ではないということに、気づかせてもらった経験は私自身の財産になりましたね。

 今後は他のアスリート同士でもオリンピアンとパラリンピアンの垣根を越えた交流が増えるといいですね。私の現役時代は、同じ日本代表でも練習場所は違いましたし、開催の時期も異なるので、オリンピアンとパラリンピアンが交流する機会はほとんどありませんでした。私自身、指導を通して多くのことを学ばせてもらいましたし、自分の知識や経験を伝えられた面もあると思います。互いに刺激し合える環境や機会が増えれば、オリンピアンとパラリンピアンの両者にとって良い気づきになるのではと期待しています。

星奈津美(ほし・なつみ)

【株式会社RIGHTS.】

高校1、2年生でインターハイを連覇し、3年時には日本選手権で高校新記録を出して北京五輪代表に選出された。その裏で、16歳で患ったバセドウ病に苦しみ一時的に競技を離れるも、難病を乗り越え2012年ロンドン五輪、2016年リオデジャネイロ五輪の女子バタフライ200メートルでは2大会連続で銅メダルを獲得した。また、世界水泳ロシア・カザン2015で獲得した金メダルは、日本競泳女子初の快挙だ。現在は、全盲のパラ競泳・木村敬一選手にバタフライのフォームコーチを務めつつ、講演や水泳教室、アニマルドネーションの介在犬アンバサダー活動を行っている。

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著者プロフィール

ビジネスとユーザーを有意的な形で結びつける、“コンテキスト思考”のコンテンツマーケティングを提供するプロフェッショナル集団。“コンテンツ傾倒”によって情報が氾濫し、差別化不全が顕在化している昨今において、コンテンツの背景にあるストーリーやメッセージ、コンセプトを重視。前後関係や文脈を意味するコンテキストを意識したコンテンツの提供に本質的な価値を見いだしている。

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