“六車興國”初めての夏 伝統の静学スタイルに見いだした未来への収穫

川端暁彦

痛感した「静岡学園さんのアイデンティティ」

見事な逆転ゴールに沸く静岡学園の選手たちと、うなだれる興國の選手たち 【撮影:川端暁彦】

 もう一つ、試合を通じて六車監督が感じていたのは、「静岡学園さんのアイデンティティの部分」だと言う。

 勢いを持ってボールを奪いに行ったとき、凡庸なチームなら慌てるところでも静岡学園は慌てない。一人ひとりのスキルの高さはもちろん、そうしたプレーを当然と捉える空気感。ひとつの文化がそこにある。

「それを特に意識してやっているのとは違って、脈々と受け継がれてきたものがあって、それを自然にやるようになっているんだと思います。『静岡学園はこういうサッカーをするんだ』というのがしっかり自然に共有されていて、それが彼らのベースにあるから強いし、経験を持っているチームだなと感じた。それは自分たちが身に付けていかないといけないものでもある」(六車監督)

 静岡学園の「文化」は一朝一夕に培ったものではないので、簡単に模倣できるものではないのは重々承知している。ただ、「Aチームだけでなく、全カテゴリーであらためて考えて共有しないといけないと思っている」とも強調。この敗戦をチームの未来に還元することを誓った。

 それもすべて「粗削りな子が多いですけど、すごく良いものを持った選手たちがいる。この子たちを次につなげていってあげたい」という思いからだ。

 これまでC大阪のアカデミーなどで指導に当たってきたときは、「やっぱりしっかり教えられている選手たちだったので、パッと言えばすぐにわかるところがあった」と言う。高校サッカーは育ってきたバックボーンも多彩な選手たちがおり、サッカーへの理解度やサッカー観もバラバラ。「もっと個別的に対応を変えながら指導しないとダメだと思わされている」と言い、指導者として新たな引き出しを探しにいく毎日だと言う。

 ちなみに、六車監督には元々興國で監督をする予定はなかった。

「JクラブだとS級ライセンスを取りにいくのが難しかったので、そういう条件で(興國にコーチとして)来させてもらったんです。でも(昨年6月から)急に監督をやることになってしまって、監督になったばかりの立場で自分のライセンス優先というわけにはいかないじゃないですか」

 ただ、「高校サッカーの監督」というのは、他にない特別な経験値を得られる場でもある。一人の指導者として選手たちを導きつつ、試行錯誤しながらの日々を送る「六車監督」が得ているモノは間違いなく大きいともあらためて感じさせられた。

 とりあえず、まずは大阪に生まれた元Jリーガー監督と選手たちの「冬の逆襲」を楽しみにしておきたい。その上で、新しく始まった興國のアイデンティティ探しの旅路、そして六車監督の未来もまた、ちょっと長い目で楽しませてもらおうと思っている。

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著者プロフィール

1979年8月7日生まれ。大分県中津市出身。フリーライターとして取材活動を始め、2004年10月に創刊したサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の創刊事業に参画。創刊後は同紙の記者、編集者として活動し、2010年からは3年にわたって編集長を務めた。2013年8月からフリーランスとしての活動を再開。古巣の『エル・ゴラッソ』をはじめ、『スポーツナビ』『サッカーキング』『フットボリスタ』『サッカークリニック』『GOAL』など各種媒体にライターとして寄稿するほか、フリーの編集者としての活動も行っている。近著に『2050年W杯 日本代表優勝プラン』(ソル・メディア)がある

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