週刊MLBレポート2024(毎週金曜日更新)

大谷翔平、今永昇太らの会見ラッシュで、記者席のスコアブックはほぼ白紙!? MLBオールスターゲームの舞台裏

丹羽政善

「翔平は二刀流の扉を開けた」

 ナ・リーグのクラブハウス前に戻ると、ジュリクソン・プロファー(パドレス)とハンター・グリーン(レッズ)が取材対応をしていた。プロファーは始まったばかりなのか、二重、三重の人垣が出来ている。グリーンの輪は終わりかけで小さかったので参加。大谷のホームランについて聞いてみると、「打ったときは、クラブハウスにいたんだよ」と笑顔になった。

「でも、急いでダウアウトに戻って、セレブレーションに参加した。いやあ、あのホームランはすごかった」

 やっぱり、ホームランを打ってみたい? そう聞くとグリーンは、こう返した。

「ちょっと、そんな事も考えたかな」

 今永は大谷がオールスターゲームという場でも主役となるスター性に「ジェラシーを感じる」と苦笑したが、グリーンも別の意味で嫉妬していた。

今永の後を継いで五回を投げた、ハンター・グリーン(レッズ)。ジャレン・デュラン(レッドソックス)に決勝2ランを打たれ、負け投手に 【Photo by Sam Hodde/Getty Images】

 彼は高校まで二刀流だった。投げては最速102マイルをマーク。打者としてもドラフト上位候補。結局、2017年のドラフトでレッズから1位指名(全体2位)されたが、「レッズから、投手に絞ってくれと言われた」と明かす。ただ、未練がないと言えば嘘になる。オールスターゲーム前日に行われた会見で、こんな話をしてくれた。

「もし、今年ドラフトされたら? 自分はショートと投手の二刀流だった。それは無理だと思う。でも、指名打者と投手なら、大谷が出来ることを証明した。今だったら、挑戦させてくれって言うかな」

 ただ、その難しさは、彼だからこそ分かる。

「このところ、大学まで捕手もやっていたポール・スキーンズ(パイレーツ/ナ・リーグの先発投手)もそうだけど、二刀流で指名されても結局はどちらかに絞っている。それだけ翔平のやっていることは凄い」

 どちらかで成功するだけでも、大変なこと。超がつくトッププロスペクトのグリーンでさえ、オールスターに選ばれるのに、ドラフトから7年を要した。

 今から3年前の2021年、大谷が初めてオールスターゲームに選ばれたとき、今は同僚となったフレディ・フリーマン(当時ブレーブス)が、「翔平は二刀流の扉を開けた」と話した。

「米国にももちろん、高校、大学までなら二刀流選手はいる。ここにいるオールスターの連中なら、みんなそうだったんじゃないかな。自分もそうだった。でも、いろんな理由でそれをあきらめる。俺はケガをしたけれど、先が見えないということが一番大きい。でも、こうやって、大谷がその先にゴールがあることを示してくれた。これで将来、才能のある若い選手が、どっちかに絞らなければいけないと、自分で限界を決めなくても済むんじゃないだろうか。もう、どちらかに――という考えは、時代遅れかもしれない」

 ところが翌年、ロサンゼルスで行われたオールスターゲームで、フリーマンは全面的にその言葉を撤回した。「確かに扉は開いたと思うし、若い選手が二刀流を目指す流れはできたと思うけど」。

 けど?

「かといって、あんな選手出てくるかな? 1年見て思った。翔平は別格。世代に1人、出てくるかどうか」

 昨年のドラフトで、ジャイアンツはブライス・エルドリッジという選手を1位指名(全体16位)した。前年には1順目、全体30位でレジー・クロフォードを指名している。ともに当初、ジャイアンツは二刀流として育成する予定だったが、クロフォードは投手に、エルドリッジは野手に、それぞれ専念することになった。フリーマンの言葉は正しかったのだ。

 彼はこんな指摘もしていた。

「二刀流選手を育成する流れを否定するつもりはない。どんどんトライすればいい。ただ、第2の大谷を育てられるかといったら、違うんじゃないかな。あんな選手が、次から次へと出てくるとは思わない。おそらく、大谷を基準にしたら、すべてが失敗となってしまう。かといってそれで、『やっぱり、二刀流は無理だね』と決めつけるのも違う。とにかく大谷は、別として考えなくては」

もし大谷に守備機会があったら

 話が脱線したが、グリーンが大谷について話すときの嬉しそうな表情には、一時は目指したものの断念した二刀流への憧れ、何よりも敬意が滲んでいた。

 さて、「大谷が会見場に向かう」というアナウンスがあったのは、それからすぐのこと。試合はすでに終盤にさしかかり、ア・リーグが5対3でリード。さすがに大谷のMVPの可能性は消えたという判断か。100席ほどの会見場はすぐに埋まった。11分半の会見内容は、すでに報じられているのでそちらに譲るが、米記者から、「ナ・リーグが逆転すれば、まだMVPを獲る可能性がある。だから、誰よりもナ・リーグを応援しているのでは?」と聞かれると、大谷は穏やかな表情で言った。

「できれば取りたい気持ちはありますけど……」

 さすがに無理と悟ったか。

「ここに出られること自体、光栄なことですけど、そこでMVPを獲る選手というのはさらに名誉なこと」

 2007年のイチローさん(マリナーズ会長付特別補佐兼インストラクター)以来となる日本人選手のMVPはならず、会見が終了して間もなくーー試合終了前にも関わらず、勝ち越し2ランを放ったジャレン・デュラン(レッドソックス)の受賞が確実ーーと報じられた。

2007年のオールスターゲームでランニング本塁打を放ち、MVPに選出されたイチロー 【写真は共同】

 試合が終わって、ナ・リーグのクラブハウスへ。大谷はちょうど、私服に着替えて帰るところだった。フリーマンは、チャーリー君ら3人の息子と一緒にロッカーにいた。

 手違いで、彼のファーストミットは、前半最後の遠征先であるデトロイトから、ロサンゼルスに送られてしまった。ピート・アロンソ(メッツ)のグローブを借りて凌いだが、のんびりと記者らと雑談しているとき、チャーリー君が静かなことに気づき、「さすがに疲れたのかな?」と話しかけると、「ぼく、疲れてないよ」とチャーリー君に反論された。

 次男がロッカーの壁に頭をぶつけてしまった。

「大丈夫か?」と声をかけるフリーマン。

「No!」

 そう言って泣き出した次男をフリーマンが抱き上げると、鳴き声が止まった。

 ブライス・ハーパー(フィリーズ)、マルセル・オズナ(ブレーブス)と少し話をしてから、ようやく記者席へ。気づけば、日付が変わっていた。

 仕事が一段落ついてから、近くにいたシンシナティ・エンクワイアー紙のゴードン・ウィッテマイヤー記者と雑談。過去、指名打者の選手がシーズンのMVPをとった例はない。それは、最初から投票する記者が、守備につかないことで1位の対象から排除するためだが、彼はこんな指摘をした。

「これまで、DHというのは守るところがないからDHしか出来なかったケースが多い。エドガー・マルチネス(マリナーズ)、デビッド・オルティーズ(レッドソックスなど)もそうだ。でも、翔平はリハビリ中だから投げられないだけ。これまでのケースとは異なる」

 それを数字で表す術はない。成績上は「守備機会なし」とされるだけ。少し前、カナダのトーマス・ネスティコというデータアナリストが、大谷が各ポジションで平均的な守備の能力を有していると仮定して、WAR(※)をはじき出したところ、全ポジションでWARが1位となったと公表した。仮定の話が、投票に影響することはないものの、ウィッテンマイヤー記者は、「事情を考慮されるべきじゃないかな」と主張する。

※WAR:Wins Above Replacementの略。その選手が、最低限のコストで代替可能な選手と比べて、どれだけチームの勝利数を増やしたかを、様々な投手成績、あるいは打撃成績から算出。MVPの投票に参考にする記者が多い。

「もっとも、彼は走塁能力も高いから、打撃と走塁の数字だけで、MVPをとってしまうかもしれないけど」

 そんな話をしているうちに、さらに夜が更けた。

 腰を上げたとき、もう記者席には数えられるほどの人しか残っていなかった。今年のオールスターゲームは、そうして長い1日を終えた。

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著者プロフィール

1967年、愛知県生まれ。立教大学経済学部卒業。出版社に勤務の後、95年秋に渡米。インディアナ州立大学スポーツマネージメント学部卒業。シアトルに居を構え、MLB、NBAなど現地のスポーツを精力的に取材し、コラムや記事の配信を行う。3月24日、日本経済新聞出版社より、「イチロー・フィールド」(野球を超えた人生哲学)を上梓する。

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