キャリア第2章の活躍を予感させる大坂なおみ 逆転負けを喫した全仏で完全復活を“2度”確信

秋山英宏

勝負どころの集中力にブランクを感じる

シフィオンテク戦は最終セットでマッチポイントを迎えた状況からの逆転負け。勝負どころでの集中力には課題も 【Photo by Clive Brunskill/Getty Images】

 最終セットで大きくリードし、マッチポイントまで握りながら取りきれなかったことも、大坂の現在地を示している。試合後、大坂はこう振り返っている。

「確かにチャンスはあると感じていたけれど、1ポイント1ポイントと思っていた。マッチポイントはあったのかしら? おそらくあったよね。でも、彼女がナンバーワンであるのには理由がある。大事なポイントで彼女は本当にいいプレーをした」

 大坂は「スコアボードを頻繁に見なければスコアが分からなかった」と話している。それだけ目の前の1ポイントに集中していたという意味だ。勝ちを意識して硬くなったことも否定はできないが、そこにもツアーを長く離れていたことが影響したと見る。大事な場面でさらにギアを上げる、その勘どころというのか、勝負どころで自然と集中力が研ぎ澄まされる感覚を、身体が覚えてなかったのではないか。

逆転負け直後の記者会見で2度目の確信

熱戦の末に逆転負けを喫したシフィオンテク戦直後の記者会見での大坂 【Photo by Robert Prange/Getty Images】

 惜しい試合だったが、その後の記者会見で、もう一度、大坂の復活を確信した。

 逆転負けを喫した大坂が、どんな表情であらわれるのか。どの記者も、まずその表情に注目しただろう。登場した大坂は、いつものようにヘッドフォンを着け、落ち着いた表情で椅子に座った。慣例により、会見の進行役がコメントを求めると、大坂は柔和な表情でこう語ったのだ。

「本当に楽しい試合だった。これまでプレーしてきた中で一番楽しい試合だったのではないかな。あの雰囲気は本当にすごかったし、観客もみんな、すごく楽しんでいたと思う。忘れられない試合になった」

 敗れてコートを去るときは涙があふれたという。だが、「最悪の気分」はすぐに去り、こう思うに至る。

「私はよくやっていると思う」

 昨年、妊娠中にシフィオンテクがこの大会で優勝するのをテレビで見たという。そのときから、ツアーに復帰してこの女王ともう一度対戦することを夢見た。その夢をかなえ、これだけの試合ができた。敗戦から1時間やそこらで、大坂は第一人者のプライドと自信を取り戻していた。

 悔しい、悲しい、といった一時の感情に押し流されない。立ち止まって、自分が成し遂げたことを俯瞰的に見る。今の大坂は、それができる。試合中にコート後方のフェンスに隠れるようにして涙を流す姿、あるいは試合後の記者会見で感情を高ぶらせ、退席する姿も見てきたが、今は別人だ。選手として、人間として成長した姿が、キャリア第2章の活躍を予感させる。

 敗れたにもかかわらず、大きな自信を得たことはこんな言葉からも明らかだ。

「(全仏前哨戦の一つ)マドリードで負けたあと、コーチたちに、私はトップ5に戻れるかしらと聞いたことを思い出した。もちろん今回は準々決勝とか準決勝に進むことはできなかったわけだけど、またその場所に戻れるような気がしている。私にとってそれが一番ポジティブなことです」

 ウィンブルドンは芝コート、パリ五輪は全仏と同じ会場で、クレーコートが舞台になる。どちらも苦手にしてきたコートサーフェスだ。ウィンブルドンでは3回戦進出がベスト、全仏でも同じく3回戦が最高成績だ。しかし、このことで両大会での活躍を危ぶむ必要はないのではないか。シフィオンテクとの死闘は、それくらいインパクトのあるものだった。あの試合のように、出産を経て第一線に戻ったことに誇りを持ち、さらに自分を向上させる好機ととらえて臨めば、大きな仕事をやってのけると見ている。

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著者プロフィール

テニスライターとして雑誌、新聞、通信社で執筆。国内外の大会を現地で取材する。四大大会初取材は1989年ウィンブルドン。『頂点への道』(文藝春秋)は錦織圭との共著。日本テニス協会の委嘱で広報部副部長を務める。

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