日本人初の欧州CL出場、異例の注目度… ハンドボール界に現れた新星・安平光佑が狙うは五輪8強

栗原正夫

右手をケガした友人に「左手でやれば…」

氷見高では高校3冠を達成。中央が安平 【清水裕翔選手(右10番)提供】

 小中高のチームメートで、ともに何度も日本一を経験してきた清水裕翔(現アースフレンズBM)は、JHLにおいて数少ない“両利き”の選手として知られる。本来右利きである彼が、なぜ左手でもシュートを打つようになったかといえば、中学2年のときに右肘を痛めたことがキッカケだったそうだ。

「当時、右肘をケガしていたものの、僕は試合に出たくて、もし試合に出られないならハンドボールをやめることも考えていました。そこで光佑に相談すると、彼はいかにもふんわりと『(右手がダメなら)左でやれば』と軽く言うわけです(笑)。

 光佑は幼い頃から遊び感覚で左手を使っていましたが、最初は下手でしたし、僕は失敗を恐れて左手を使おうなんて思いもしませんでした。ただケガを機に彼の言動もあと押しとなって、僕も真似してみたら案外できるようになっていまに至ります」

 安平はアジア予選決勝のバーレーン戦でも、緊迫した場面で相手を欺くように利き手ではない左手で巧みなシュートを決めている。

 安平は左手を使うことについて、こう話す。

「左側に(相手を)かわして右手で打ち難い体勢のときに左手を使っているだけです。練習? ほとんどやらないです。清水にも、当時はたしか3、4カ月ケガで右手が使えないなら、左でやればと言っただけで…。両手を使えれば、有利な部分もありますからね」

 野球のスイッチヒッターのように、ハンドボール界に“両利き”の選手は多くない。だが、利き手ではない逆の手を使うことに疑問を抱くことなく自らの武器にし、仲間にも何事でもないかのように勧めてしまうあたりは安平が天才たる所以もしれない。

 一方で、幼少期の安平は“天才少年”と知られていたものの、体の線が細く、身長も低かったことで、将来性については関係者のなかでも評価は割れていたと聞く。それでも、ともにプレーしていた清水からすれば、安平の能力に疑いはなく、トップレベルにいったいまもその存在感は当時と変わらず際立っていると話す。

「彼の何がいちばん凄いかといえば、司令塔としての統率力です。高3のあるとき、何かのきっかけで3年生のレギュラー組対下級性+光佑という構図で試合をしたことがありました。光佑がいるとはいえ他は下級生、僕らは余裕で勝てると思っていたら、光佑がバンバン点を取るわけではないのに、どんどん下級生にいいパスを送って終わったら普通に負けていました。

 日本代表の試合を見ていても、光佑がプレーすると周りの選手も能力が上がったかのように躍動するのを感じます。それほど彼がいるかどうかで、チーム全体の動きがまるで違うんです」

「2勝してベスト8に行きたい」(安平)

「ハンドボールをやっている子どもたちに夢を与えるためにもパリで結果を出したい」とも話した 【Masao KURIHARA】

 6月28日にはパリ五輪に臨む代表メンバー14人(+3人の交代選手)が発表された。

 東京五輪後は主将を務めるなど長く代表の司令塔としてプレーしてきた東江雄斗(30歳、ジークスター東京)が外れたことが話題となったが、この判断にも安平の台頭が影響しているのは確かだろう。

「同じポジションの選手として、去年のアジア予選は一緒に戦いました。東江さんがメンバーから外れてしまったことは自分もショックですが、パリでは東江さんのぶんまで戦いたい」(安平)

 彗星JAPANではことし2月にアイスランド出身のダグル・シグルドソン前監督が突然辞任。その後、かつて2016年から17年にかけて日本代表を率いていたスペイン人のカルロス・オルテガ監督の再登板が決まり、5月より新たなスタートを切った。

 オルテガ監督は、今シーズンもスペインリーグのバルセロナを指揮しCL制覇を果たした名将だが、短期間でチームをどうまとめていくのかは気になる。

 もちろん、中心になるのが安平だ。

「いろいろ吸収しながらプレーできれば。チームカラーはそれぞれだし、監督は日本代表のプレースタイルを考えたうえで、細かい指示を与えてくれているのが凄いと感じる。

 自分の役割は味方を活かすプレー。五輪は小さい頃から出場するのが夢だったし、対戦相手には2m級の選手も多くいるが、欧州でプレーしてみて逆に小さいことが武器になるとも感じているので、スピードや戦術眼で勝負できることを証明したい」(安平)

 7月27日からスタートするグループステージでは東京五輪3位のスペインのほか、ドイツ、クロアチア、スロベニア、スウェーデンの欧州勢と対戦する。過去の実績を考えれば、1勝するのも容易ではない。

「簡単でないことは理解していますが、2勝してベスト8に行きたい。そのためには、まず初戦のクロアチアに勝つこと。どんな勝ち方でもいいので、そこで勝って波に乗れたらと思います」(安平)

 新星・安平は、マイナー競技からの脱却をねらう日本ハンドボール界の救世主となれるだろうか。

安平光佑(やすひら・こうすけ)

2000年6月29日生まれ、富山県氷見市出身。窪スポーツ少年団、西條中を経て、氷見高3年時に、主将として3冠(選抜、インターハイ、国体)を達成。日本体育大時代に活躍の場をヨーロッパに求めて、ドイツ(キール)、フランス(ウサム・ニーム)へ留学。22-23シーズンにポーランド1部のプウォツクに移籍し、欧州CLに日本人男子選手として初出場。23-24シーズンは北マケドニアの強豪RKヴァルダルでプレー。4つ上の兄・拓馬はJHL大崎電気オーソル所属。身長172センチ

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著者プロフィール

1974年生まれ。大学卒業後、映像、ITメディアでスポーツにかかわり、フリーランスに。サッカーほか、国内外問わずスポーツ関連のインタビューやレポート記事を週刊誌、スポーツ誌、WEBなどに寄稿。サッカーW杯は98年から、欧州選手権は2000年から、夏季五輪は04年から、すべて現地観戦、取材。これまでに約60カ国を取材で訪問している

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