土壇場でエースが覚醒 大岩ジャパンが「サッカー人生終わり」の重圧乗り越え、パリへ王手

川端暁彦

大一番も、エースを送り出した大岩監督

我慢の采配で勝利を引き寄せた大岩監督 【Photo by Zhizhao Wu/Getty Images】

 そしてもう1人、指揮官が待っていた男がいる。

 エースの細谷だ。今大会は不発の試合が続き、今季はここまでJリーグでも無得点。頼れるストライカーとしてチームを引っ張ってきた存在だが、なかなか“初日”が生まれず、そのことが焦りを生んでミスにもつながる悪循環に陥っていた。

 日本での厳しい批判の声は本人の目や耳にまで届いていたようで、「普段は弱い部分を見せない人」(関根)にもかかわらず、「日韓戦の後はいつもと違う様子だった」(同じく関根)と、周囲からも心配されるほどだった。

 大岩監督にはエースを外すという選択肢も当然あったはずだが、他の2人のセンターフォワードが爆発していたわけでもないという状況もあり、結論は「待ち」だった。この大一番も、エースを送り出した。

 指揮官は「フォワードってそういうもんじゃないすか。なので、しっかりと待ってあげることも重要」と、期待に応えるその瞬間を待った。

 選手全体にも、あらためて「焦ることはない」と試合中に強調。ハーフタイムにも「別に(延長戦を含めた)120分でもいいぞ」と告げており、後半に同点となったあとも勝負を急がず、「延長もある。焦る必要はない」ということを共有させていた。

「1人少ないほうが時間とともにキツくなる」(MF藤田譲瑠チマ=シントトロイデン)というのは、選手たちも共有しており、それは中国との初戦で自分たちが痛感していたことでもある。実際にカタールの選手たちは続々と足をつって、交代を余儀なくされていき、ほころびが生まれていた。

 そして迎えた延長前半11分のことだった。大岩監督は細谷からFW内野航太郎(筑波大学)へのスイッチを決断。交代ボードの準備が始まったところだった。

 それを視認した細谷は「サッカー人生終わるな」とすら思ったと言う。国を背負って戦う中で、そのくらいの重圧を感じ、追い詰められていた。

 ただ、気まぐれなサッカーの神様は、この土壇場に最後のチャンスを細谷にもたらす。演出したのは交代出場のMF荒木遼太郎(FC東京)である。

 いつもは飄々とした雰囲気を漂わせるこの男でさえ「緊張というか、プレッシャーがあった。こんな気持ちになったのは初めてです」と言うほどの空気に「最初は試合に入れなかった」とも言うが、この時間帯に入って本来の冴えわたる戦術的な感覚と技術の妙が見えていた。

 藤田からのパスを巧みに引き出し、絶妙な速度とコースのスルーパスを見事に通す。「自分の一番の持ち味」と語るパスを受け取ったのは、エース細谷。最初のファーストタッチは相手DFとフィジカルコンタクトしながらという難しいものだったが、見事にコントロールすると、「決まると思った」と右足で流し込み、見事にゴールネットを揺らしてみせた。

 その後は細谷に代わって入った内野航の追加点もあり、最後は逃げ切りの用兵で石橋を叩いて渡った日本が4-2と勝利。「アジア予選」ならではのプレッシャーにそれぞれが試合の中で打ち克つ形で勝利をつかみ、準決勝進出。パリへ王手をかけてみせた。

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著者プロフィール

1979年8月7日生まれ。大分県中津市出身。フリーライターとして取材活動を始め、2004年10月に創刊したサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の創刊事業に参画。創刊後は同紙の記者、編集者として活動し、2010年からは3年にわたって編集長を務めた。2013年8月からフリーランスとしての活動を再開。古巣の『エル・ゴラッソ』をはじめ、『スポーツナビ』『サッカーキング』『フットボリスタ』『サッカークリニック』『GOAL』など各種媒体にライターとして寄稿するほか、フリーの編集者としての活動も行っている。近著に『2050年W杯 日本代表優勝プラン』(ソル・メディア)がある

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