陸の振付を氷上に落とし込む、羽生結弦の新境地 「あの時もらった希望を返したい」“notte stellata2024”

沢田聡子

新プログラムのコンセプトは“希望”

ピアノ曲の表現には定評がある羽生の新たな名作、『Danny Boy』 【写真:田口有史】

『Carmina Burana』の冒頭、羽生は「まだ世界をちゃんと知らない、すごく無垢な少年」として登場する。

「冒険をしていたり、草花に触れてみたり、そんな無垢な少年。その少年が成長していくことによって、運命の女神が現れて、運命にとらわれていく。自分が自由に無垢に動くだけじゃなくて、運命の歯車に左右されていく。自由には動けなくなっていく。最終的にはその運命もすべて受け入れて、自分が運命そのものと対峙しながら、でも自分の意志で進んでいくんだ、というストーリーがあります」

 羽生は、『Carmina Burana』で対峙する“運命”に、東日本大震災や能登半島地震といった天災を重ねて演じたという。

「人間の力ではどうしようもない災害、そういう苦しみを感じたとしても、そこに抗いながらも受け入れて進んでいくんだという強いメッセージを込めたいな、と思いながら滑ってはいます」

 第2部は、世界的な人気を誇る韓国のボーイズグループ・BTSが、コロナ禍にあって苦しむ世界に希望を発信したナンバー『Permission to Dance』で幕を開けた。“陸ダンス”を踊る羽生の映像が、スクリーンとリンクに映し出される。

 そして第2部の最後、羽生は新たなソロナンバー『Danny Boy』(デイビッド・ウィルソン振付)を披露した。美しいピアノ曲に乗せ、流麗なスケーティングで魅了するプログラムだ。

『Danny Boy』について、羽生は「コンセプトは、“希望”です」と説明した。ステージから見て左側が過去、中央が現在、右側が未来、とリンクを区切る意識で演じ分けているという。白い衣装に身を包んだ羽生が、過去の喜びや未来の希望に向かって手を伸ばし、祈りを捧げる。真骨頂といえる美しいプログラムを滑り切った羽生に対し、再びスタンディングオベーションが起こった。

 囲み取材の最後に、「今回の『notte stellata 2024』には、昨年行われた第一回目と比較して優しさや希望を感じるが、そこは意識して演じているのか』という趣旨の質問があった。羽生は、「それを感じていただけたのは、正直嬉しいです」と喜びをにじませた。

「前回初めて3.11という日に皆さんの前で演技をさせていただく経験をして、正直僕自身も辛い気持ちのままでした。やっぱり映像を見たり、記憶を思い返したりすると、辛くなってしまうことはある。それにとらわれながら滑っていたのが前回で、その中で皆さんから希望や勇気、元気など、いろんなものをいただけたショーでした。

 そういう意味で『今回は僕があの時もらったものをもっともっと返したいな、もっと希望を届けたいな』と思って。新しいプログラム『Danny Boy』もそうですし、『Carmina Burana』に関しても確かに強さがある曲調ではあるのですが、でもその中で立ち向かう、みたいなものを感じていただけたらな、と思って滑っているので。そういった意味では去年と本当に心意気が全く違った、コンセプト自体が全く変わったショーになったのかな」

 出演者全員が氷上で観客との別れを惜しむフィナーレで流れたのは、MISIAが歌う『希望のうた』。羽生をはじめとする出演者と観客がお互いに希望を届け合うアイスショーとして、「notte stellata」は進化し続ける。

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著者プロフィール

1972年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社に勤めながら、97年にライターとして活動を始める。2004年からフリー。主に採点競技(アーティスティックスイミング等)やアイスホッケーを取材して雑誌やウェブに寄稿、現在に至る。

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