悲嘆に暮れた西山雄介と新谷仁美 東京マラソンで日本勢が直面した「甘くない現実」と、今後への「大きな希望」

酒井政人

トップ争いは異次元の戦い

東京マラソンを制したキプルト。自己ベストを1分46秒も更新する2時間02分16秒をマークした 【写真:REX/アフロ】

 東京マラソンは「グローバルスタンダード」を掲げる大会だ。日本人選手に過度に忖度することなく、世界トップの“リアル”を見せられるように、レースをディレクションしている。

 今回の男子は、五輪を連覇中で世界歴代2位のタイム(2時間01分09秒)を持つエリウド・キプチョゲ(ケニア)。女子は世界大会のトラック種目でメダルを量産して、マラソンでも昨年のシカゴを世界歴代2位の2時間13分44秒で突っ走ったシファン・ハッサン(オランダ)が登場した。両選手とも陸上界の超スーパースターといえる存在だ。

 男子は鈴木健吾(富士通)が持つ日本記録(2時間04分56秒)を上回るタイムを持つ海外招待選手が8人。女子も日本記録(2時間18分59秒)を超える海外招待選手が7人参戦した。

 男子のペースメーカーはファーストが国内最高ペースとなるキロ2分52秒、セカンドが日本新ペースとなるキロ2分57秒で引っ張る予定だった。

 東京マラソンは10kmまでが下り基調で、残りはほぼフラット。コースの特徴を考えると、高速ペースで攻めていくレースプランが有効だ。今回はコンディションにも恵まれた。天候は快晴でスタート時の気温は9.6度。さらに例年、向かい風になることが多いラスト4kmも、選手たちを妨げるような風はなかった。

 注目を浴びたキプチョゲとハッサンの爆走は見られなかったが、男女とも日本勢にとっては異次元の戦いになった。

 男子のトップ集団は10kmを28分30秒、中間点を1時間00分20秒で通過。30km過ぎまでは世界記録(2時間00分35秒)を上回るペースで進んだ。そしてベンソン・キプルト(ケニア)が国内最高記録(2時間02分40秒)を塗り替える2時間02分16秒(世界歴代5位)で優勝。終盤までトップを争ったティモシー・キプラガト(ケニア)も2時間02分55秒(世界歴代7位タイ)の好タイムだった。

 一方、日本人トップ集団は10kmを29分45秒、中間点を1時間02分55秒で通過。予定より少し遅くなったとはいえ、トップ集団に10kmで1分15秒、中間点で2分35秒という大差をつけられた。

 フィニッシュタイムは、優勝したキプルトと日本人トップの西山が4分15秒差。距離にすると1.4km程度引き離された。今年の箱根駅伝2区(23.1km)で換算すると、区間1位と同18位くらいのタイム差になる。

 女子も先頭集団と新谷はスタートから別々のレースになり、ストゥメア・セファ・ケベデ(エチオピア)が大会新&世界歴代8位の2時間15分55秒が優勝。日本人トップの新谷を5分55秒も引き離した。

日本のレベルは上がっているのか!?

今年の大阪マラソンを制した国学院大の平林清澄。28年のロス五輪を目標に掲げている 【写真は共同】

 男子マラソンは2016年まで2時間8分未満のタイムで走破した日本人選手は13人しかいなかった。それが近年は2時間5~7分台が続出。現在は2時間8分未満のタイムをマークした選手は57人まで増えた。日本記録も高岡寿成が02年にマークした2時間06分16秒から、2時間04分56秒まで短縮している。

 これはシューズの進化が大きい。17年にナイキがカーボンプレート搭載の厚底シューズを一般発売すると、レースが高速化した。当然、この流れは日本だけでなく、世界も同じだ。世界記録はデニス・キメット(ケニア)が14年にマークした2時間02分57秒から、2時間00分35秒まで上昇した。

 近年はナイキだけでなく、他社もカーボンプレート搭載の厚底シューズを投入。シューズのレベルアップが凄まじい。エネルギーリターンが高まり、マラソンのタイムを引き上げているのだ。なお、今回の東京では男子がアディダス、女子はナイキが制している。

 では、日本人選手のレベルは相対的に見て上がっているのか。“シューズ革命”が起こる直前の16年と前後7年の世界リスト【1位/50位/100位/150位】を比べると、記録の“価値”が見えてくるだろう。

09年【2:04:27/2:08:30/2:10:07/2:10:54】
16年【2:03:03/2:08:01/2:09:28/2:10:46】
23年【2:00:35/2:05:38/2:06:55/2:07:41】


 世界リスト50位で比較すると、09年から16年は29秒の上昇だったが、16年から23年は2分23秒もアップしているのだ。個人差があるとはいえ、シューズの進化によって、世界トップクラスでも約2~3分のタイムが短縮している。

 好記録に沸く日本勢だが、23年の世界リストの最高位は山下一貴(三菱重工)の2時間05分51秒で61位だった。

 高岡寿成が2時間06分16秒の日本記録を打ち立てた02年。高岡の記録は世界リスト4位、世界歴代ランキングでも6位だった。近年は高岡クラスの記録では、世界と真っ向勝負するのは難しい。

 またマラソンは記録だけでなく、順位やレース内容も大切になる。順位でいうと今回の東京は男子の西山が9位、女子の新谷が6位だった。男女とも「設定ペースで進まなかった」という“ペースメーカー問題”が勃発しているが、気象条件は非常に良かった。目標に届かなかったのは、実力が足りていなかったのが大きかったといえるだろう。

 現状、ロンドン、ベルリン、シカゴなどの超高速レースで、トップ集団に食らいついていける日本人ランナーは見当たらない。それくらい世界トップとは実力がかけ離れている。

 だが、日本勢は希望を失ったわけではない。21年の東京五輪で大迫傑が6位、一山麻緒が8位に入ったように、「暑熱対策」で利がある夏の世界大会では、上位に食い込むチャンスが残されている。トップ集団がスパートした後、自分のペースで追いかけていけば、「入賞」や「メダル争い」に届く可能性があるからだ。

 また、男子は大阪マラソンで平林清澄(国学院大)が初マラソン日本最高&日本学生記録となる2時間06分18秒を叩き出した。さらに10000mで27分台前半のスピードを持つ太田智樹(トヨタ自動車)、相澤晃(旭化成)、田澤廉(トヨタ自動車)らがパリ五輪後にマラソン参戦することが予想されている。女子も田中希実(New Balance)、廣中璃梨佳(日本郵政グループ)という世界大会のトラック種目で入賞を果たした若手がいる。

 数年後、日本マラソン界が“大爆発”を起こすことを期待せずにはいられない。

(企画構成:スリーライト)

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著者プロフィール

1977年愛知県生まれ。東農大1年時に箱根駅伝10区に出場。陸上競技・ランニングを中心に取材。現在は、『月刊陸上競技』やビジネス媒体など様々なメディアで執筆中。『箱根駅伝ノート』(ベストセラーズ)など著書多数。

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