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失墜したイングランドFA杯の価値 世界最古のカップ戦の威光とクラブの本音

森昌利

リーグ戦での対戦と比較してクオリティがかなり低下

1月7日、アーセナル対リバプールのFA杯3回戦は2-0で後者が勝利。この2週間前のプレミアで超ハイレベルの戦いを繰り広げた両チームだが、どちらもメンバーを落とし、試合の質も低下した 【Photo by Jacques Feeney/Offside/Offside via Getty Images】

 もちろんそうは言っても、いざ試合となればどのクラブも勝利を目指す。だから3回戦という早い段階でぶつかってしまったアーセナルとリバプールのFA杯の試合もそれなりの熱気が生まれ、白熱した。

 しかしこの2週間前の12月23日に両者のリーグ戦での激突をアンフィールド(リバプールのホームスタジアム)で見た筆者としては、そのインテンシティに大きな差を感じずにはいられなかった。

 リバプールはアフリカネーションズカップに出場するエースのモハメド・サラーと12月のクラブ月間最優秀選手となった遠藤航をアジア杯参戦で欠き、主将のフィルジル・ファン・ダイクも病欠でベンチから外れた。一方のアーセナルも最近は控えに回っているイングランド代表GKアーロン・ラムズデールを先発起用したことをはじめ、左サイドバックにヤクブ・キヴィオル、中盤にジョルジーニョ、そして3トップの左サイドにリース・ネルソンとバックアッパークラスがスターティングメンバーに名を連ねた。

 超ハイレベルだった12月23日のリーグ戦との比較で両チームとも明らかにメンバーが落ち、当然ながらそれに比例してクオリティもかなり低下した試合になった。

 しかもコロナが収束して、今季のFA杯は3回戦と4回戦で伝統の引き分け再試合(これが近年では悪評の極みであるが)が復活したことで、勝ち・負けの他にシビアに勝ち点1を拾うドローという選択肢があるリーグ戦との違いを生み、冒頭のコメントにあるようにクロップ監督にウインターブレイクを優先する選択をさせた。年末年始の戦いを切り抜け、リーグ首位に立ったリバプールは徹底したカウンター戦略を用いて、明らかに勝ち負けにこだわった試合をした。

 それでも0-0のまま試合が進んだのは、決定力の低下が原因だ。両軍ともチャンスは生まれたが、特に前半、ボールを支配したアーセナルの攻撃は詰めが甘かった。

 しかし最終的には、最近のリーグ戦で勝者のメンタリティがチーム内で増幅しているリバプールが、この試合で主将を務めたトレント・アレクサンダー=アーノルドの高速FKで経験が浅いキヴィオルのオウンゴールを誘い、待望の先制点を奪った。

 後半アディショナルタイム5分に、ルイス・ディアスが右足を振り抜いて見事なゴールを決め追加点を奪ったが、試合終盤の後半35分に飛び出た先制点の価値は途方もなく大きく、ここで勝敗の行方は大方リバプールに傾いた。

優勝したらCL出場権を与えるくらいのことをしないと…

チャンスをゴールに結びつけられず、リバプールに零封負けを喫したアーセナル。ただ4回戦で姿を消したリーグ杯に続いてFA杯でも敗退したことで、今後はCLとプレミアでの戦いに集中できる 【Photo by Shaun Botterill/Getty Images】

 無論のこと、試合直後の会見で、このFA杯戦の結果、公式戦3連敗を喫したアーセナルのミケル・アルテタ監督の表情は冴えなかった。

 特にこの3連敗中1ゴールしか奪えていない決定力不足に質問が集中すると、辟易するといった口調になった。しかし、41歳の青年スペイン人監督にそれほどの悲壮感がなかったのは、やはり苦労して勝ち抜いても1人の一軍選手年俸の4割に満たない優勝賞金しか獲得できない大会だからだろう。

 逆にこの敗戦で、2月に再開する欧州CLの決勝トーナメントとプレミアリーグにより集中できる。欧州CLではFCポルトを破って準々決勝に進出すれば、それだけでグループ戦(4勝1分1敗)で稼いだ2173万ユーロ(約34億7680万円)に加え、1060万ユーロ(約16億9600万円)が手に入るのだ。

 一方のリバプールはリーグ杯で準決勝進出を果たしており、そのリーグ杯、ヨーロッパリーグ、FA杯、そしてプレミアリーグの4冠の可能性を残しているが、今後日程が過密になればなるほど、プレミアリーグ最優先の選手起用をするのは明白。そしてその選手起用を批判する人間は皆無だろう。

 せめてFA杯で優勝したら欧州CL出場権を与えるくらいのことをしないと、ビッグクラブが目の色を変えて世界最古のカップ戦に挑むことはない。しかしそうしたことで、もしも2部リーグのチーム、3部リーグのチームが優勝するような事態が発生した場合、逆に困るのは欧州最強戦に超格下チームを送り出すイングランドFAの方になる。

 というわけで、もはやビッグクラブにとっては喜びの賞味期限が優勝した当日だけとなってしまっている伝統のFA杯の威光と価値は、今後も下がる一方となりそうだ。

(企画・編集/YOJI-GEN)

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著者プロフィール

1962年3月24日福岡県生まれ。1993年に英国人女性と結婚して英国に移住し、1998年からサッカーの取材を開始。2001年、日本代表FW西澤明訓がボルトンに移籍したことを契機にプレミアリーグの取材を始め、2024-25で24シーズン目。サッカーの母国イングランドの「フットボール」の興奮と情熱を在住歴トータル29年の現地感覚で伝える。大のビートルズ・ファンで、1960・70年代の英国ロックにも詳しい。

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