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失墜したイングランドFA杯の価値 世界最古のカップ戦の威光とクラブの本音

森昌利

1871年創設のFA杯は世界最古のカップ戦。最多優勝はアーセナルの14回で、直近では2019-20シーズンにこの伝統のカップ戦を制した 【Photo by Stuart MacFarlane/Arsenal FC via Getty Images】

 1月第1週、プレミアリーグは小休止。イングランドではFA杯3回戦が行われ、リーグの覇権を争うアーセナルとリバプールが激突する好カードもあった。いまやプレミアは世界最高峰のリーグと位置づけられるが、世界で最も歴史があるカップ戦であり、日本の天皇杯のモデルともなった伝統のFA杯は、現在どんな価値を持っているのか。

143回目を迎えた今季は729クラブが参加

「最大のボーナスだ」

 これは1月7日(現地時間、以下同)、リバプールのユルゲン・クロップ監督がアーセナルとアウェーで戦ったFA杯3回戦終了直後に放った一言だ。最初から結論を記すようで申し訳ないが、この言葉には昨今のFA杯の“軽さ”が如実に表れている。

 いったい何が「最大のボーナス」なのか。それは引き分けでは終わらず、最終的に2-0の勝利を収めて再試合を免れたことだ。実際この後に「アーセナルは(リバプールが先制した後)ドローを狙ってきたが、それだけは避けたかった。これでウインターブレイク(冬季休暇)が取れる」という発言が続いている。

 FA杯は1871年に創設された世界最古のカップ戦だ。153年の歴史を誇り、今季で143回目の大会となる。日本の天皇杯のモデルであることでも知られるが、イングランドの全クラブで争う国内最大のトーナメント戦。今季の参加クラブは729を数える。

 ワールドカップは1930年に第1回大会が開催されたが、イングランドの初出場は1950年の第4回大会。どうしてサッカー発祥国が20年もの間、代表の世界一決定戦出場を渋っていたかというと、英国人が嫌いなフランス人主導で始まった大会ということに加え、FA杯の運営を優先させたことがある。

優勝賞金は選手1人の年俸の40%に満たない

昨季、悲願のCL初優勝を果たしたマンチェスター・Cは、欧州最高峰のこのコンペティションで総額9300万ユーロを手にした。これはFA杯の優勝賞金のおよそ40倍だ 【Photo by Jose Breton/Pics Action/NurPhoto via Getty Images】

 筆者が英国に移住してきた1993年当時は、世界最古の伝統を誇るFA杯の価値は非常に高かった。当時“ダブル”と言えば、プレミアリーグとFA杯の同一シーズン優勝を指した。

 しかし近年は、リーグ杯とともに、国内カップ戦のFA杯の価値は下がる一方である。

 なぜか。それは単純に獲得賞金の問題だ。

 現在のFA杯の優勝賞金は200万ポンド。日本円にして約3億7600万円となっている。ちなみにリーグ杯の優勝賞金はこの半額の100万ポンド(約1億8800万円)。これは昨今のビッグクラブにとって全くお話にならない金額である。一軍のレギュラー選手の平均的な週給が10万ポンド程度なので、その20週分、つまり1人分の年俸の40%にも満たない金額なのだ。

 一方、欧州チャンピオンズリーグ(CL)のグループ戦で1勝すると280万ユーロの賞金がクラブに入る。1月8日付のMUFG(三菱UFJフィナンシャル・グループ)のT.T.S.外国為替相場では、1ポンド=188円、1ユーロ=160円で28円の差があるが、280万ユーロを円換算すると約4億4800万円。FA杯優勝賞金の3億7600万円を7200万円も上回る。

 昨季の欧州CL王者マンチェスター・シティの賞金総額は9300万ユーロ(約148億8000万円)。一昨季のヨーロッパ王者レアル・マドリーがUEFAから回収した賞金総額は8514万ユーロ(約136億2240万円)。FA杯の優勝賞金とは比較にならない大金で、これでは有力クラブにヨーロッパ最強戦と同じ精力を国内カップ戦に傾けろとは言えない。

 直近のプレミアリーグではイングランド北西部のシティとユナイテッドのマンチェスター2クラブとリバプール、ロンドンのアーセナル、トットナム、チェルシーの『ビッグ6』に加え、サウジアラビアの資本が入ったニューカッスルや今季好調のアストン・ヴィラなどが来季の欧州CL出場をかけ、プレミアリーグ4位入賞を目指して激しく戦っている。

 これらのクラブにとって欧州CL出場権を失うことは降格にも等しい。実際、賞金とテレビ放映権料、それからチケット収入も含めて、ビッグクラブは最悪でも欧州CLのトーナメントステージに進出しなければ、FFP(ファイナンシャル・フェアプレー:UEFAが定める規則で、人件費や移籍金などの支出がクラブ収入を超えることを禁じている)に抵触せずに高給取りがそろう選手たちへの支払いが難しくなる。

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著者プロフィール

1962年3月24日福岡県生まれ。1993年に英国人女性と結婚して英国に移住し、1998年からサッカーの取材を開始。2001年、日本代表FW西澤明訓がボルトンに移籍したことを契機にプレミアリーグの取材を始め、2024-25で24シーズン目。サッカーの母国イングランドの「フットボール」の興奮と情熱を在住歴トータル29年の現地感覚で伝える。大のビートルズ・ファンで、1960・70年代の英国ロックにも詳しい。

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