「日替わりヒーロー」でJ1昇格を決めた町田 藤田晋社長が“経営者目線”で称賛する黒田監督の手腕とは?

大島和人

「経営者のようなマネジメント力」

藤田晋氏は今季から町田の社長にも就いている 【(C)FCMZ】

 藤田晋社長は今シーズンをこう振り返る。

「最初に監督と原(靖)ダイレクターからコンセンサスを得たのは、1年目にもう勝負して、昇格させてしまおうということです。それにふさわしい予算をかけるし、それにふさわしい選手を取るという考えでやりました。本当に『賭けに勝った』という感覚です」

 確かに今季の町田は人材的にJ1昇格を狙える「質と量」が揃っていた。とはいえ試合に絡めない選手も含めて全員が一体になり、誰も足を引っ張らない状態を作るのは難題だ。さらにプロ経験のない黒田監督の起用も、サッカー関係者の多くにとっては理解に苦しむ人事だったはずだ。町田は今季のJ2で本命とは見られておらず、メディアの予想やWINNERのJ2優勝予想も7~8番手だった。

 勝者のメンタリティはお金で買えるものでなく、構築に時間もかかる。しかし黒田監督はそれを短期間でやり遂げた。藤田晋社長は経営者目線で、その手腕を称える。

「みんなが一丸となっていたのが一番大きかった。監督の手腕を見ていると経営者のようなマネジメント力がありました。皆さんも感じていると思いますけど『言語化』のところですね。毎試合『正念場で負けられない』と言い続けるのは、マネジメントとしてすごく難しいです。『毎月頑張れ』と言いたいんですけど、ちょっとは休ませなきゃいけない(笑)黒田監督は色々と言葉を変えたり、選手をリフレッシュさせたりもしながら、みんなをやる気にさせて本当に上手だなと思いました」

「育成畑」も含めたコーチの編成が奏功

 今季の町田はコーチが8名に増員された。選手も30名以上いるが、通訳やトレーナーも含めると15名程度のスタッフが練習に関わっている。練習中にもし笛が入れば各スタッフはそれぞれの相手とコミュニケーションを取り、控えやリハビリ組も含めて「置いておかれる」選手がほとんどいない。

 黒田監督は全体的な方向性をスタッフにしっかりと落とし込みつつ、逆に情報や意見を吸い上げ、自分だけでなくスタッフを通じても選手にアプローチをしている。コーチ、スタッフに権限を委譲しつつ総力を最大化する手腕が高い。

 黒田監督はこう説明する。

「幸いにも(金)明輝みたいなJリーグで監督をやってきた者がいるし山中真、三田光とユース年代でしっかりと結果を出してきたコーチもいる。また(青森山田)中学校で一緒にやってきた上田(大貴)もいる。育成に関わってきたメンバーはきめ細やかな指導、または寄り添い方ができます。まだJ1に到達したことのないチームが成熟していくためには、そういったアプローチも必要だということも踏まえて、いいコーチングスタッフを構築できたと思います。私は総体的に見るスタンスを取り、彼ら1人1人が責任を持って、自分の役割を果たそうという気持ちを持ってやってくれていました」

 藤田社長は黒田監督の続投について「当然です」と即答した上で、こう続けていた。

「リーダーとして極端な話、ウチのグループ会社の社長をやっても結果を出しそうな感じの人ですね」

藤田社長の決断も昇格の決め手に

福井光輝(写真手前)は旧体制を知る数少ない選手 【(C)FCMZ】

 藤田社長も当然ながら昇格の立役者だ。彼らの出資による練習施設・三輪緑山ベースの整備がなければ、町田はJ1ライセンスすら得られなかった。サイバーエージェントのスポンサードがあったから、チームは“身の丈以上”の人材を集められた。黒田監督の起用も含めて、今シーズンに勝負を賭けた経営者としての大局観も鮮やかだった。

 GK福井光輝はサイバーエージェントが経営に参画する直前の2018年春に町田へ加入し、チームの中では既に古参の立場だ。彼は試合後に藤田社長と激しい抱擁をかわしていた。

「今までFC町田ゼルビアに関わってくださった全ての人の顔を思い浮かべて、今日はピッチに立ちました。その思いが乗って、昇格を決められてよかったです。今のゼルビアがあるのは藤田社長がオーナー、スポンサーとして大きい一歩を踏み出してくれたからというのもあります。今年からは社長としても関わっている第一人者なので、本当に感謝の気持ちを伝えました」

 町田の観客数は過去から大幅に増えたとはいえ、1試合平均で7239名とJ2中位レベル。スタジアムのアクセスにも課題を抱えていて、まだ発展途上のクラブだ。ただFC東京、横浜F・マリノス、東京ヴェルディといった強豪・古豪に包囲された難しい土地で存在感を示すなら、結局はピッチ上で結果を出すのが早い。そう考えると身の丈以上の強化も筋は通っていた。

 町田は2011年のJリーグ加盟審査など、何度も「ギリギリ」で難局をクリアしてきたクラブだ。昇格しても紆余曲折はあるだろう。しかし過去もそうだったが、2023年は特に『人』に恵まれたシーズンだった。藤田社長や黒田監督といったリーダーが的確な判断を下し、選手やスタッフが結束したことが、J1昇格につながった。

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著者プロフィール

1976年に神奈川県で出生し、育ちは埼玉。現在は東京都北区に在住する。早稲田大在学中にテレビ局のリサーチャーとしてスポーツ報道の現場に足を踏み入れ、世界中のスポーツと接する機会を得た。卒業後は損害保険会社、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を開始。取材対象はバスケットボールやサッカー、野球、ラグビー、ハンドボールと幅広い。2021年1月『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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