バスケW杯の沖縄開催を成功させた“コート外”の事情 日本代表の躍進を支えた観客と演出

大島和人

場内の空気を作ったファンとアリーナと演出

沖縄アリーナの「構造」も熱を引き出したポイント 【(C)FIBA】

 フィンランド戦の試合が始まった瞬間のアリーナの「圧」は今も忘れられない。ドイツ戦とは明らかに違う空気感だった。増えた観客数は1000人弱だが、緊急参戦者の多くが沖縄在住のバスケ好きだったのではないだろうか。

 相手のオフェンスに対して「ディフェンス!」のコールで応戦する。フリースローに対しては地鳴りのようなブーイングを浴びせる。DJやコールリーダー的な人が統率をしなくても、自然発生的にスタンドの四方八方からコールが湧いていた。

 指笛、カチャーシーのような「沖縄らしいブースト」もある。熱気はあるけれど、決して殺伐とはしていない、そんな心地よい空気だった。そして日本が相手を追い上げ、突き放す時間帯にはシュートのたびにスタンド全体が爆発する。

 フィンランド戦は18点差から、ベネズエラ戦は15点差からの逆転勝利だ。この2試合の第4クォーターは「日本バスケ史上最高の作品」だった。

 ただしドイツ戦の空席問題以外にもファンを温める、試合へ没頭させる仕掛けはあった。W杯はFIBAが主催で、統括はチェコの企業、照明はフランスの企業というようにインターナショナルな体制で場内の演出が行われていた。

 大会の演出に関わった一人はこう振り返る。

「フランスの照明チームは『すごくいいアリーナだ』と言っていました。客席が暗くて、コートだけ明るくて、劇場みたいな感じになっている。音も最高です。沖縄アリーナはすり鉢状で高くて、上から声が降ってくる感じでした」

沖縄色の強いパフォーマンスとDJプレイ

 ハーフタイムやタイムアウト時のダンスパフォーマンスは3カ国で同じ曲を使うが、振り付けなどはそれぞれの国で違う。沖縄のチームは合計28人の「14人×2交代制」で各試合を担当していたが、ダンスどころだけあってレベルは圧倒的に高かった。タイムアウト時などの盛り上げを担当した「HYPECREW」も含めて、チーム沖縄の貢献度は高く、FIBAや国際中継のスタッフからは高評価を受けていたという。

 DJも国内外の3名が分担していたが、FIBAのスタンダードを満たしつつ「沖縄」に合わせた選曲がされていた。例えば日本がパリ五輪出場を決めたカーボ・ベルデ戦終了後には、まず場内に沖縄民謡の「唐船ドーイ」(とうしんどーい)が流されている。

 湧川はその意味をこう解説する。

「唐船ドーイの意味は『宴の締め』です。沖縄の宴って最後は唐船ドーイを流しながら、カチャーシーを踊って、みんなで宴を締める基本があります。だからキングスは必ず試合の最後に流しますけど、それが(沖縄県民の)琴線に触れるんです。今回は日本が勝ったところに、唐船ドーイが流れた。僕はすごいなと思いました」

沖縄が開催地で良かった

選手とファンがともに勝ち取ったパリ五輪出場権だった 【(C)FIBA】

 カーボベルデ戦では唐船ドーイの旋律が一段落すると、映画『THE FIRST SLAM DUNK』のエンディング主題歌『第ゼロ感』に移り、スタンドの大合唱が始まる。日本の勝利、五輪出場で湧いていた観客が、DJの選曲でさらにボルテージを上げていた。

『THE FIRST SLAM DUNK』は宮城リョータが主人公で、沖縄と縁の深いストーリーだ。日本のパリ五輪に向けたストーリーも、『第ゼロ感』とともに沖縄で完結した。

 あの観客がいなければ逆転勝利はなかったし、あのアリーナや演出がなければ観客の没入も生まれなかっただろう。気づくと日本代表も沖縄のバスケファンにとって応援しがいのある「自分たちのチーム」になっていた。会場、観客、試合展開による三位一体で、相乗効果が生まれていた。

 W杯を沖縄で開催してよかった。沖縄で開催したからチームは目標を達成できた。それは筆者に限らない「沖縄アリーナで5試合を経験したバスケ好き」に共通する感想と言っていい。今回のW杯は沖縄を愛する県民、沖縄アリーナに愛着を持つキングスブースターにとっても、誇らしい大会だったに違いない。

2/2ページ

著者プロフィール

1976年に神奈川県で出生し、育ちは埼玉。現在は東京都北区に在住する。早稲田大在学中にテレビ局のリサーチャーとしてスポーツ報道の現場に足を踏み入れ、世界中のスポーツと接する機会を得た。卒業後は損害保険会社、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を開始。取材対象はバスケットボールやサッカー、野球、ラグビー、ハンドボールと幅広い。2021年1月『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント