バスケW杯ベネズエラ戦の救世主は33歳・比江島慎 大一番になるとスイッチが入る「イジられキャラ」

大島和人

渡邊雄太に抱きしめられる比江島慎 【(C)FIBA】

 どんな競技でもいい。これだけ勝負強い、試合終盤に粘り強さを発揮する「日本代表」が今まであっただろうか? FIBAバスケットボール・ワールドカップ(W杯)に参加するバスケットボール日本代表は、8月31日のベネズエラ戦で86-77の逆転勝利を挙げた。17-32位決定戦に進んだ日本だが、これで通算成績は2勝2敗。目標のパリオリンピック(五輪)出場権獲得に大きく近づいている。

 チームはW杯の1次ラウンドの3試合でいずれも後半に相手を上回るスコアを決めた。フィンランドに対して18点差をひっくり返す逆転勝利をしている。

比江島が4クォーターに17点

 とはいえベネズエラ戦は第4クォーターの序盤まで「追いつけそうになると突き放される」という嫌な流れが続いた。ベネズエラは体格こそ日本と同等だが、インサイドのディフェンス(DF)が強く、3ポイントシュートやネストル・コルメナレスの力強いインサイドアタックは対応が困難。世界ランキングが17位で、36歳以上が4人いる老練な相手に「あしらわれている」印象だった。

 第4クォーター残り8分の段階でスコアは53-68。しかし日本はここから猛攻を見せ、大逆転を遂げた。オフェンスの立役者は比江島慎で、彼は第4クォーターだけで17得点を決めている。試合を通してもチーム最多の23得点を決め、3ポイントシュートの成功率は脅威の85,7%(7本中6本成功)だった。

 スコアリングでは渡邊雄太も奮闘していたものの、ジョシュ・ホーキンソンは疲れが見える状況で、期待のシューター富永啓生も「当たり」が来ない――。そんなチームのピンチをチーム最年長の比江島が救った。司令塔の河村勇輝も試合終盤はひたすら比江島にボールを集めていた。

「誰もマコは止められない」

比江島に対する評価が高いからこそ、渡邊雄太には歯がゆさもある 【(C)FIBA】

 試合後のミックスゾーンに現れた渡邊は、比江島の右肩をホールドしながらこうシャウトした。

「誰もマコは止められないって! マコが信じてくれないから! ずっと言っているのに! 今日は普通。あれが比江島慎です! 頼むよ、本当に!」

 33歳の比江島が5歳下の渡邊から胸に張り手を打ち込まれ、照れながらうつむく様子が彼らしかった。バスケファンならそんな比江島を見慣れているが、このW杯から日本代表に興味を持った人は戸惑ったかもしれない。ただ、そこには間違いなく渡邊の「愛」がある。

 試合後の記者会見は英語パート→母国語パートの順番で進むのだが、渡邊の第一声はこれだった。

「Makoto should be here. I know he can speak English. He played in Australia. I don't know why」(マコト(比江島)がここに呼ばれるべきだった。自分は彼が英語を喋れると知っているし、彼はオーストラリアでプレーしていた。なぜか本当に分からない/※記者会見には英語でやり取りのできる選手が呼ばれる)

 試合後のX(旧ツイッター)でも、渡邊はこのような“告白”をしている。

「マコ愛してる」

「イジられキャラ」にして頼もしい存在

 比江島は不思議な選手だ。一言でいえば「何を考えているのか分からない」「気持ちが表に出ない」キャラクターで、天然ボケの気配もある。ベテランとなった今も、押し寄せるメディアの質問を上手く流せず、沈黙してしまうことが多い。一見すると頼りなく見えるタイプかもしれないが、大事な試合になるとこれほど頼もしい選手はいない。内に秘めた情熱、芯の強さが間違いなくある。

 先輩らしい威厳、怖さはないし、年下からも「イジられる」タイプだ。ただ代表に選ばれるようなバスケットボール選手ならば、比江島の凄さは分かっている。誰でも比江島について語りたがり、比江島について語ると笑顔になる。ベネズエラ戦後も「世界の比江島」(吉井裕鷹)、「すごい先輩」「比江島さんが好き」(川真田絋也)という具合にヒーローを称える発言が相次いでいた。

 比江島は191センチ・88キロのシューティングガード(SG)で、持ち味は「比江島ステップ」と言われる独特のドライブ。細かいフェイクやチェンジオブペース(加減速)をふんだんに入れたドリブルは、日本バスケのレベルが上がった今も唯一無二だ。さらにインサイドに切れ込んでからのシュート、外からのシュートともにレベルが高い。

W杯でも「比江島タイム」

大一番での勝負強さは宇都宮でも証明済み 【(C)FIBA】

 能力の割には「攻め気」「数字へのこだわり」がないタイプで、それが多くのバスケ関係者を嘆かせて来た部分かもしれない。しかしチームが追い込まれた展開や、大一番になるとスイッチが入る。例えば2021-22シーズンのBリーグチャンピオンシップでは大活躍を見せ、6試合平均で18.7得点5.2アシストを記録。宇都宮ブレックスのチャンピオンシップ、優勝に貢献するとともにMVPに輝いている。

 彼の確変モードを我々は「比江島タイム」と呼ぶが、ベネズエラ戦の第4クォーターもそのような時間帯だった。

 ビハインドで迎えた第4クォーターだが、決して後ろを向いてはいなかった。

「相手も昨日は試合をして(※日本より試合間隔が短いので)、絶対足も止まると思っていました。絶対に自分たちの流れが来ると信じてやっていたので、本当にプラン通り。第4クォーターまでは点を取れていなかったですけど、あまり慌てることなく、しっかり自分のパフォーマンスを出せて良かった。シュートタッチが良かったので、打ち切りさえすれば入る感覚もあった」

悔しい経験を生かす

 比江島の活躍について問われた河村はこう口にしていた。

「マコさんの爆発力、プレーの安定感は、チームメイト誰しもが知っていること。本当に、それが出ただけかなと思います。だから、すごくビックリした感じはないですけど、やはり僕たち以上にこのW杯に懸ける思いはあると思う」

 比江島自身はこう語っていた。

「本当に嬉しいと言うか、今日は本当に『Must win』(絶対に勝たなければいけない試合)だったので。苦しい展開でしたけど、しっかり本当に勝ち切れてすごく嬉しい」

 ただし今回のW杯に向けた編成の中で、比江島は当落線上にいた。国際試合への適性は証明済みで、実績も十分だが、ホーバスHCは若手を登用して「自分色に染める」タイプの指揮官。アジア予選で活躍した須田侑太郎や金近廉が7月、8月の強化試合で結果を出していたら、比江島でなくそちらが沖縄アリーナのコートに立っていたのかもしれない。

 しかし結果的には比江島がチームの救世主になっている。良くも悪くもベテラン扱いされない彼だが、国際試合の経験は豊富だ。比江島は渡邊、馬場雄大とともに前回のW杯における「5連敗」と東京五輪の「3連敗」を経験した。2015年の五輪最終予選にも出場し、彼自身は活躍したものの、日本はヨーロッパ勢に歯が立たなかった。

 比江島は渡邊とともに日本代表で一番「悔しさ」を味わってきた選手だ。

「今までの悔しい経験が絶対今日の試合に活きた。惜しいところまで行っても勝ち切れない経験も何回もしてきたので、慌てることなくやれた。悔しい思いを経験してきた馬場、(渡邊)雄太、富樫が引っぱって、つかみ取った勝利だと思う。経験をしっかり出せたところは、本当に自分として良かった」

 日本が9月2日のカーボベルデ戦に勝利すれば、他チームの結果と無関係にアジア最上位とパリ五輪出場権獲得が決まる。比江島が積もり積もった悔しさを晴らすまで、もう少しだ。
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著者プロフィール

1976年に神奈川県で出生し、育ちは埼玉。現在は東京都北区に在住する。早稲田大在学中にテレビ局のリサーチャーとしてスポーツ報道の現場に足を踏み入れ、世界中のスポーツと接する機会を得た。卒業後は損害保険会社、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を開始。取材対象はバスケットボールやサッカー、野球、ラグビー、ハンドボールと幅広い。2021年1月『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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