物言いがつくときの行司の心境は? 29歳・木村一馬が語る土俵上での緊張感

飯塚さき

幕下格行司として土俵に立つ木村一馬 【日本相撲協会】

 大相撲を支える行司のお仕事紹介。こちらでは若手を代表して、幕下格の木村一馬さんに話を伺った。一馬さんが行司を目指したきっかけや、裁きにおいて大変なこと、また、一般にはあまり知られていない「割場」の役割など、幅広く紹介していただく。

ホームシックを乗り越えて行司の仕事に

 僕の祖父が、当時の花籠親方(元関脇・太寿山)と知り合いだった関係で、幼い頃からよく相撲を見ていました。大阪出身で、小学生の頃から花籠部屋の宿舎にもよく遊びに行かせてもらっていました。最初は親方に「力士にならないか」と言われていましたが、断っていたんです。理由は、まず親に「危ないから」と反対されたのと、自分でもそんな力はないなあと思っていたから。

 中学3年生になり、受験をしようかどうしようかとなったときに、行司になってみようかなと思い立ちました。土俵上で装束を着て勝負を裁く部分に惹かれたんです。相撲が好きだったから、行司という職業もわかっていたつもりだったし、力士と違って行司なら危なくないと親も反対しなかったので、卒業後に入門しました。

 でも、いざなってみると外から見ていた仕事と全然違うので、本当にびっくりしました。裁きのほかに習字もやるんだということくらいは知っていたけど、親方の用事や部屋の用事、本場所以外の行事ごとがあれば率先して動いたり、巡業に行ったら必要な書類を作ったり……。そういった役割があることは入るまで知らず、最初は右も左もわからないままでした。普段は部屋で暮らすので、初めて親元を離れて軽いホームシックみたいな状態にもなってしまいましたね。

 それでも、この仕事が嫌だとか辞めたいと思ったことは一度もありません。それはきっと、行司の仕事ができていること自体に喜びを感じているから。いまもそこにモチベーションがあります。ちなみに、入門した花籠部屋が2012年5月に峰崎部屋に吸収合併されて、そこからは峰崎部屋の所属になりましたが、一昨年に師匠が定年退職されたので、現在は西岩部屋に所属しています。

裁きの難しさを学ぶ日々

 入門したての頃は、まず部屋に行司の先輩がいたので、仕事のことから私生活までいろいろと教えていただきました。そこで、土俵上での裁きや所作などをすべて学んだ感じです。実際、部屋のお相撲さんたちに手伝ってもらって、僕も稽古場の土俵に立って練習しました。

 最初の頃は本当に怒られてばかり。本場所の土俵で間違えることも多く、「逆!」って言われることもしょっちゅうでした(苦笑)。あと、行司はなるべく正面に回るなとよく言われます。正面は、天皇陛下が座られる方向でもあるので、正面のお客さんに背中を向けてはいけないという意味があるのと、やっぱり僕たち自身も東西がひっくり返ると見方が変わってややこしくなってしまうからです。なので、行司はみんななるべく正面に回らないよう気をつけています。

 また、峰崎部屋のときは、自分の部屋の力士を裁くこともありました。まず、そこまで上がってきてくれたということが純粋にうれしいし、勝負が始まる前は勝ってほしいなと思っていたりします。でも、いざ取組が始まると裁きに集中するので、正直直後は勝ったか負けたかわかりません。終わった後にふっと見て、ああ勝ったんだなとか、やっぱり負けちゃったのか、なんて思います。

 物言いがつくとき、自分の裁きが合っていると思える場合は普通にしていられますが、もしかして間違えてしまったかもというときは、ドキドキしながら親方の話を聞いています(笑)。おそらく同体だろうというときも、行司は必ず東西どちらかに軍配を上げなくてはいけないのですが、そのときは勝負の流れで攻めているほうに上げることが多いです。

 ときにお相撲さんとぶつかってしまうこともあります。僕が逃げたほうにお相撲さんたちが倒れてきたり、投げられて負けたほうの脚が自分の体をかすめていったり、アクシデントはたまにありますね。普段からなるべく離れるように気をつけてはいるんですが、あまり離れすぎると今度は勝負が見えなくなってしまうので、距離の保ち方は難しい部分です。

 体力もないとダメだなと思いますね。峰崎部屋の頃までは部屋に住んでいて、ダンベルなどの筋トレ器具が部屋にあったので、少し鍛えていました。いまは、ひとりでジムに行けるときには行くようにしています。いまのうちから鍛えておかないと……ついていけなくなってからでは遅いと思うので。

 一度、幕下優勝決定戦を裁いたことがあり、幕下上位の力士はやはり迫力が違うなと思いました。自分が上に上がればお相撲さんたちもどんどん強くなっていくので、自分も体力をつけていかないといけないなと思います。

1/2ページ

著者プロフィール

1989(平成元)年生まれ、さいたま市出身。早稲田大学国際教養学部卒業。ベースボール・マガジン社に勤務後、2018年に独立。フリーのスポーツライターとして『相撲』(同社)、『大相撲ジャーナル』(アプリスタイル)、スポーツ庁広報ウェブマガジン『Deportare』などで執筆中。2019年ラグビーワールドカップでは、アメリカ代表チーム通訳として1カ月間帯同した。著書『日本で力士になるということ 外国出身力士の魂』、構成・インタビューを担当した横綱・照ノ富士の著書『奈落の底から見上げた明日』が発売中。

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント