「相撲の内容は一切わからない」行司は力士のどこを見ている? 歴33年、木村銀治郎が語る大相撲の裏側

飯塚さき

幕内格行司として土俵に立つ木村銀治郎 【日本相撲協会】

 9月場所開催目前。大相撲の世界を支える行司の仕事について紹介しよう。土俵上で裁きをする行司だが、実はそれ以外にもさまざまな業務を担当している。皆さんはどこまでご存じだろうか。多岐にわたる行司の仕事について、幕内格の木村銀治郎さんにインタビューを行った。

相撲大好き少年が行司になるまで

 私は墨田区向島の出身です。両国は目と鼻の先ですから、子どもの頃から大相撲は身近な存在で、生活の一部でした。国技館に相撲を見に行くのも、テレビで相撲を見るのも、お相撲さんにサインをもらうのも好きでした。中学生の頃は、朝8時に売り出される当日券を買ってから学校に行き、学校が終わったら相撲を見に行っていました。その切符をいつも売っていたのが、のちに私が入門することになる峰崎部屋の師匠で、「ちゃんと学校行ってんのか」なんて言われて、ちょっとお話ができるようになったんです。そこで、あるとき行司になりたいと話したら「じゃあ中学卒業したらうちに来いよ」と言っていただき、入門しました。15歳のときでした。

 いざ入ってみると、いろんなことが想像を超えていました。結婚するまでの13年半は峰崎部屋に住んでいましたが、まずごはんがおいしいことに驚きましたね(笑)。お相撲さんたちは毎日こんなにおいしいごはんを食べているのか、と感動しました。あと、行司は習字が必須なんですが、これはいまでも苦手です。入ってから練習しましたが、かなり苦労しました。

裁きの土俵上は「非日常空間」

 行司の一番の仕事は、土俵上の裁きです。我々は完全なる年功序列なので、若くて体力のある子が弱い力士たちを裁き、徐々に体力も衰えてくる年齢の高い人が強い人を裁く、いわば反比例のような状態になっています。では、何がそれを補っているかというと、完全に「経験値」なわけです。私はいま、幕内格行司として15時半頃の土俵に立っていますが、いまこの状態で17時以降の土俵に立てるかというと、やはり立てません。いまはそこまで経験値がないからです。横綱・大関ら役力士が放つオーラや力強さは、それよりも下位の力士とはまったく違います。それを見ていると、自分はまだそういう人たちを裁けないなと、ひしひしと感じます。

 土俵上の裁きでは、どちらが先に負けるかを確認してから勝ったほうに軍配を上げるというのが鉄則です。常に両力士の膝から下を見ているので、相撲の内容は実は一切わかりません。帰ってきてから、自分が合わせた取組をスマートフォンの映像で見て、ああこんな相撲だったんだ、と初めて知ります。ちなみに、私は毎日2番合わせますが、いつも2番終わるとぐったり疲れて帰ってきます。緊張しているつもりはないんですが、かなり集中しているので、気を張っているんでしょうね。土俵上はまさに非日常空間。いまでもすごく不思議な感覚です。足腰が弱って土俵に立てなくなったら大変ですから、日頃からジムに通ったり、1万歩以上歩くようにしたり、場所中は生ものを食べないなど食生活に気を使ったりして、健康管理は常に意識しています。

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著者プロフィール

1989(平成元)年生まれ、さいたま市出身。早稲田大学国際教養学部卒業。ベースボール・マガジン社に勤務後、2018年に独立。フリーのスポーツライターとして『相撲』(同社)、『大相撲ジャーナル』(アプリスタイル)、スポーツ庁広報ウェブマガジン『Deportare』などで執筆中。2019年ラグビーワールドカップでは、アメリカ代表チーム通訳として1カ月間帯同した。著書『日本で力士になるということ 外国出身力士の魂』、構成・インタビューを担当した横綱・照ノ富士の著書『奈落の底から見上げた明日』が発売中。

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