物言いがつくときの行司の心境は? 29歳・木村一馬が語る土俵上での緊張感

飯塚さき

取組を決める「割場」や場内アナウンスの仕事

 本場所では、土俵上の裁きのほか、僕は日々の取組を決める「割場」という役割についています。日々の取組を「割」と呼びますが、力士の四股名がずらりと書かれた「巻」という巻物のような紙があり、その上に碁石を載せて、番付の上から順に割を決めていきます。一度審判部の親方が決めた割を、行司が割場に持ち帰り、割場で再度間違いがないか確認作業をしているんです。偶数日に2日分の取組を作るので、偶数日は奇数日よりも少し忙しくなります。

 割場には、割場長(木村容堂さん)のほか、親方が挙げた対戦候補が同部屋でないか、すでに対戦している力士ではないかなどを確認する「巻き手」、そして決まった割を小筆で書いていく「書き手」といった役割があります。僕は以前、書き手をやっていたのですが、親方が読み上げる対戦を、崩し字を使いながらスピーディーに書いていく必要があったので、それが大変でした。

 また、割場の仕事は毎日同じことの繰り返しなので、気をつけないと間違いが起きやすいと思います。20人ほどいる割場の担当全員ですべて確認はしているのですが、校正の段階で間違いを見つけて直したこともありました。ただ、間違ったまま実際に取組が行われてしまったケースはいまのところ見たことがありません。伝統的な方法が受け継がれていることに奥深さを感じています。

 場内アナウンス係についていたこともありました。訂正がきかない難しさはありますが、それよりもやりがいを感じました。特に、巡業では放送と割場の両方ともついたことがあるんですが、仕事量としては放送のほうが多いんです。割場は、関取の稽古が終わる11時くらいまでは待機ですが、放送係は稽古中もアナウンスの仕事があります。でも、やりがいがあるなと思ってやっていました。特に、本場所で放送についていたときはほとんどできなかった幕内のアナウンスが巡業でできたので、いい経験になったなと思います。

 ただし、失敗もありました。十両土俵入りのアナウンスを担当した際、力士の四股名がとっさに出てこなかったことがあったんです。土俵入りのアナウンスには原稿がなく、上がってくる力士の顔だけを見て、その人の四股名、出身地、所属部屋を言わなくてはいけません。もちろん全部暗記して臨むんですが、そのときは緊張で四股名が飛んでしまった。特に新十両の力士はしっかり覚えておくことが大事ですね。あと、たまに力士が化粧まわしを忘れてほかの人のを借りたり(笑)、そうでなくても化粧まわしの文字に引っ張られたりするので、化粧まわしは見ないで力士の顔だけを見ることが、土俵入りアナウンスのポイントです。

行司という仕事への思いを熱く語ってくれた木村一馬 【スポーツナビ】

 次の9月場所では、なんといっても新大関・豊昇龍の誕生が一番の見どころだと思います。関脇陣も、頑張れば霧島・豊昇龍に続いて上がれるかもしれないので、頑張ってほしいです。我々行司の仕事もご紹介しましたが、ぜひ土俵で奮闘する力士たちの活躍に注目してください。

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著者プロフィール

1989(平成元)年生まれ、さいたま市出身。早稲田大学国際教養学部卒業。ベースボール・マガジン社に勤務後、2018年に独立。フリーのスポーツライターとして『相撲』(同社)、『大相撲ジャーナル』(アプリスタイル)、スポーツ庁広報ウェブマガジン『Deportare』などで執筆中。2019年ラグビーワールドカップでは、アメリカ代表チーム通訳として1カ月間帯同した。著書『日本で力士になるということ 外国出身力士の魂』、構成・インタビューを担当した横綱・照ノ富士の著書『奈落の底から見上げた明日』が発売中。

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