元なでしこ永里亜紗乃が語るW杯の見どころ 「ファウルも厭わず選手の戦う姿が見たい」

栗原正夫

強豪スペインに、ザンビアも侮れない

スペインは1次リーグの対戦相手の中でも抜けた実力を持つ 【Photo by Izhar Khan/NurPhoto via Getty Images】

 1次リーグではザンビア、コスタリカ、スペインと順に顔を合わせる。

 協会や指揮官とのトラブルで主力選手数人が代表招集を辞退するなど問題を抱えているとはいえ、過去2年女子バロンドールを獲得しているアレクシア・プテジャスやアイタナ・ボンマティなど2022-23シーズンのUEFA女子チャンピオンズリーグを制したバルセロナの中軸選手を擁するスペインが、グループ内で頭1つ実力が抜けているのは確かだろう。

 FIFAランキングはグループ内で最も低いが、不気味なのはアフリカのザンビアだ。今月7日にはエースFWバーバラ・バンダの活躍で、世界ランク2位のドイツに3-2と競り勝っているなど侮れない相手といえる。

「1次リーグ突破に向けては最初の2試合を親善試合みたいに簡単に勝てるだろうと思って入ってしまうと、危ない。第3戦のスペイン戦で勝ち点を得なければ突破できないというシチュエーションは避けたいし、しっかり戦略を立てて、最初の2試合でどう確実に勝ち切るかが大事。ただ、ザンビアはドイツ戦の前にもスイスと引き分けています。守備に弱点はありそうですが、FWバンダは身体能力が高くて、シュートも確実に決めてくるのでカウンターは要注意です」

期待は、19歳の藤野と左サイドのMF杉田

藤野あおばは今季のWEリーグで11得点を記録。 【写真:ムツ・カワモリ/アフロ】

 勝ち点を重ね、1次リーグを突破するためには、ゴールも必要になってくる。永里さんはそのためのキープレーヤーを2人挙げる。19歳ながら今季のWEリーグで3位タイの11ゴールを挙げ、重心の低いドリブルと裏への抜け出しが持ち味のFW藤野あおば(日テレ・東京ヴェルディベレーザ)と、昨季はアメリカのNWSLでプレーオフ優勝も経験しているMF杉田だ。

「攻撃面では藤野選手が、どの位置で多くボールを受けられるかで、どれだけ相手ゴールまで迫れるかが決まると思います。まだ若いので、彼女1人任せにせず、チーム全体でどう彼女を生かせるかがポイント。杉田選手はボランチから左サイドにコンバートされましたが、どこでもプレーできる賢い選手。運動量と技術があって、縦に速いアメリカのリーグでも、しっかり自分の特長を生かして戦っている。ゴール嗅覚もあるし、藤野選手とともに杉田選手がどれくらい高い位置で攻撃に絡めるかは日本の出来を測る1つのバロメーターといえるかもしれません」

 これまで攻撃的なMFで出場することの多かったMF長谷川は、最近ボランチでの起用が増えている。

「マンチェスター・シティでもボランチをやっていますし、運動量もあって守備も頑張っているので長谷川選手のボランチ起用は悪くないと思います。ただ、マンCは前線に攻撃力のある選手が多く、あまり攻撃に絡むことはありません。代表では、もう少し前に絡む回数が出てくると、もっと良いのでは。心配なのは、157センチとチーム一小柄な身長。中盤での競り合いが増えたときに、そこで勝てないと全体として苦しくなってしまう可能性もあると思っています」

感情の出るプレー、戦っている姿が見たい!

16年に現役引退後は解説者として活動する永里亜紗乃さん。3児の母として忙しい日々を送りながらも国内外の女子サッカーの事情にも精通している 【写真提供:ベンヌ】

 日本が1次リーグを突破すると、A組のニュージーランド、ノルウェー、スイスあたりとの対戦が予想される。日本の実力を冷静に分析すると、このステージを突破し、ベスト8に進出できれば成功といえるのかもしれない。

 一方で大会全体を見て優勝を争う国については、どうか。永里さんは「イングランド、もしくはドイツあたりが有力」とみていると話す。

「アメリカは長く代表を支えてきたアレックス・モーガン(34歳)やミーガン・ラピノー(38歳、大会後の引退を表明)が健在ですが、最近は戦術的にうまくいっていないようで、今回はドイツやイングランドの欧州勢に分があるような気がします」

 最後になでしこジャパンへの期待を聞くと、永里さんはこう続けた。

「いまの現状を考えると、今大会でなでしこジャパンが世界一に返り咲くのは難しいかもしれません。ただ、1つでも多く勝つことを期待していますし、試合のなかで感情の出るプレーを1つでも多く見せてほしいと思います。最近の選手はどこか淡々とプレーしているようにも見えますが、時には悔しくてファウルをしてでも相手を止めるようなプレーがあってもいいじゃないですか。その方が見ている側も引き付けられると思います。

 今回はW杯のテレビ放送が決まっていないことも話題になっていますが(取材後にNHKで日本戦の放送が決定)、11年に優勝し、なでしこジャパンがブームになっていた頃は、単なる勝ち負けではなく、その過程でひとり一人が懸命にファイトしているのが伝わってきたからではないでしょうか。私自身、姉(永里優季)がプレーする姿を近くで見ていて、そう強く感じていました。

 11年に優勝したメンバー、さらにその前の先輩たちは、このままだと(女子が)サッカーを続けられなくなる、そんな危機感を持ちながら自分事ではなく同じサッカーをやっている仲間や次の世代の思いや気持ちまで背負って戦ってくれていたように思います。翻って、いまそうした選手がどれだけいるのか、ということは考えてしまいます。

 環境が整ったいまは、そうした意識が薄れてしまうのは仕方がないのかもしれません。ただ、どこか自分が楽しくサッカーできればいい、みたいに見えてしまうことには残念な思いもあります。もしかしたら、そうした危機感の欠如が日本の女子サッカー全体の盛り上がりに影響しているのかもしれないような気がします。勝つだけがすべてではないですが、なでしこジャパンが頑張ることで日本の女子サッカーが盛り上がると思うので、とにかく見ている人の胸が熱くなるような戦いを期待したいと思っています」

永里亜紗乃(ながさと・あさの)

1989年、神奈川県厚木市出身。日テレ・メニーナを経て、07年に日テレ・ベレーザに昇格。12年のなでしこリーグカップではMVPを獲得し、チームの優勝に貢献。リーグ戦でも得点ランク2位の19得点を挙げ、ベストイレブンと敢闘賞を受賞した。13年1月、当時ドイツ1部の強豪だった1.FFCトゥルビネ・ポツダムへ移籍し、UEFA女子チャンピオンズリーグなどに出場。15年W杯カナダ大会には実姉の永里優季とそろって出場したが、ひざのケガもあって16年4月に現役引退。引退後は女子サッカーの解説者として活躍し、現在は5歳、2歳、0歳の3児の母でもある。実兄の永里源気もJリーグでプレーした元サッカー選手。

【写真提供:ベンヌ】

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著者プロフィール

1974年生まれ。大学卒業後、映像、ITメディアでスポーツにかかわり、フリーランスに。サッカーほか、国内外問わずスポーツ関連のインタビューやレポート記事を週刊誌、スポーツ誌、WEBなどに寄稿。サッカーW杯は98年から、欧州選手権は2000年から、夏季五輪は04年から、すべて現地観戦、取材。これまでに約60カ国を取材で訪問している

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