北京五輪銅メダリスト、世界女王の坂本花織が感じていた重圧 乗り越えた今、取り戻した「自分らしいスケート」

沢田聡子

シーズン初めの葛藤を乗り越えて得た解放感

ミスはあったものの、シーズン最後のフリーを滑り切った坂本 【写真:西村尚己/アフロスポーツ】

 翌日のフリー、いつものように中野園子コーチに背中を押された坂本は、自らを奮い立たせるように握った両手を振り下ろし、スタート位置についた。『Elastic Heart』に乗り、ショート同様に飛距離のあるダブルアクセルを皮切りに、次々とジャンプを決めていく。

 後半に入り、ショートで転倒した3回転フリップ―3回転トウループも1.97の加点がつく出来栄えで成功させる。しかし3連続ジャンプを予定していたところで、ダブルアクセルに続けて跳んだ3回転トウループで転倒してしまう。最後のジャンプとなる3回転ループはきれいに決め、演技を終えた坂本は淡々とした表情にみえた。

 ミックスゾーンに姿を見せた坂本は、ミスを前向きにとらえていた。

「アクセル(からの連続ジャンプ)でこけてしまったのは、アクセルですごく軸がゆがんでしまって。それでもショートの(転倒した)3(回転フリップ)―3(回転トウループ)よりは、まだ3(回転)をつけられる可能性があったので。挑んでみて結果駄目だったのですが、あそこに挑めたのはショート同様良かったかなって思うし。ミスを引きずらずに(3回転)ループをしっかり降りられたのは、今まで培ってきたものが発揮できた部分なのかな、と思います」

「今シーズン、本当に最初は大変な思いをして」と坂本は吐露している。

「世界選手権とオリンピックでメダルをとって、『その翌シーズンは本当に大変』と周りからは聞いていたのですが、『こんなにも大変なんだ』とすごく感じて」

 シーズンの初めは「休んだ方が正解だったのかな」とも思ったというが、困難から逃げなかったことで得たものは大きかった。

「やっぱり、続けてきたからこそ感じられるものもあったし。今シーズンやってみて、学ぶことが本当に今まで以上にたくさんあったので。気持ちも体も、すごく強くなれたんじゃないかなと思うし。その中で全日本と世界選手権を連覇できたのは本当に嬉しいことだし、自信になりました」

「来季は今シーズンほど辛くならないんじゃないかな、と思っているし。しっかり試合で結果を残してこそそれを証明できると思うので、来シーズンは最初からいい成績が残せるようにしたいなと思っています」

 この国別対抗戦で日本チームは銅メダルを獲得し、坂本はキャプテンとしての役割を果たした。エキシビションの前に取材に応じた坂本は「今回は自分がキャプテンだったので、上限なくはしゃぐことができた」と口にしている。

「それはそれですごく楽しい国別になったのかなと思ったし、これこそが自分のやり方だったのかなって思って。『今まで以上にすごく楽しかったな』って、昨日思っていました」

 責任を楽しく果たすことができるのは、持ち前の明るさによるものだろう。

「本当に今シーズンはいろんなことを乗り越えて、今はすごく清々しくいるというか、解放感がすごいです」

 苦しさもあったシーズンを終えた坂本は、晴れやかな表情をみせる。

「気持ちの面で乗り越えた部分は、本当にたくさんあって。シーズンの最初は、やっぱりオリンピックと世界選手権の(結果からくる)重圧も知らないうちに感じてしまっていて、なかなか本気で頑張れなかった。(5位に終わったグランプリ)ファイナルの経験があったからこそ、こうやって乗り越えて、やっと自分らしいスケートができるようになってきたので。それは本当に、今季一番の収穫」

 国別対抗戦のショート・フリーの両方でみせた、ファーストジャンプが上手くいかなくてもセカンドに3回転をつける粘りも、今季の成果だという。

「今シーズンの最後の方の試合で、意地でトリプルトウループをつける、というのを3回ぐらいやったので。それはやっぱり今までの自分だったら諦めていた部分なので、果敢に挑戦したというのは、今季また新たに得られたものかなと思います」

 五輪銅メダリスト、世界女王という立場についても「シーズン前半に考えすぎちゃうぐらい考えていて良かったのかな、と思っていて」と過剰に意識する時期は過ぎた。

「それがあったから逆に吹っ切れて、シーズン最後の方はほぼ気にならずに今まで通りの自分で戦えたので。これ以上苦しいことは多分今後ないと思うので、もうここからは、いつも通り行けたらなと思っています」

 北京五輪の翌季である今シーズンは、若手の台頭もあった。モチベーションについて問われると、坂本は「変わらず、自分の今できることを精一杯やるだけなので」と明快に答えている。

「それをもっともっと極めて、『誰にも負けない』という部分をもっと増やしていけたらな、と思っています」

 世界女王・坂本花織は、苦闘の末に見出した自らの道を歩んでいく。

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著者プロフィール

1972年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社に勤めながら、97年にライターとして活動を始める。2004年からフリー。主に採点競技(アーティスティックスイミング等)やアイスホッケーを取材して雑誌やウェブに寄稿、現在に至る。

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