“井上尚弥世代”の川浦龍生、橋詰将義の挑戦も「最終章」へ―― 2.14 日本スーパーフライ級王座決定戦

船橋真二郎

それぞれの「最終章」の始まり

三迫ジムを練習拠点にする寺地拳四朗のパネルが見守る中、丸山トレーナーのミットにパンチを打ち込む川浦 【船橋真二郎】

「技術的には何も言うことはない」。三迫ジムの丸山有二トレーナー、角海老宝石ジムの阿部弘幸トレーナー、ともに口をそろえる。時を前後して、川浦、橋詰は背水の覚悟でジムを移籍した。

「最後は後悔なくやり切りたかったので、言い訳できない環境に行きたかった」

 川浦は真っ直ぐな目を向けた。昨年4月に予定されていた再起戦が試合1ヵ月前になくなった。直後に28歳の誕生日を迎えた。30代の足音が迫り、限りある時間を実感させられたのだという。

 デビュー時から在籍してきた川島ジムは、故郷・徳島が生んだ元WBC世界スーパーフライ級王者、川島郭志会長のジム。中学に上がる直前の春休み、父・信夫さんに連れられて、東京まで体験練習に訪れた思い出もあった。高校時代には、徳島県ボクシング連盟が主催した合同練習会にゲストとして招かれた川島会長に指導を受けたこともあった。

 ディフェンスに優れたサウスポーという共通点もあり、愛称を重ねて“アンタッチャブル2世”と周囲の期待も集めた。が、チャンピオンクラスがひしめく三迫ジムでは目立った存在ではなくなる。簡単ではない決断だったが、結果を出すために自分を追い込みたかった。

「とにかく川浦のボクシングを10ラウンド、ブレずに出していくための練習量と取り組む姿勢、精神的なことだけを言っています」と丸山トレーナー。指導歴は長いが、チーフセコンドとしてタイトルマッチに臨むのは初めて。「自分にとってもチャンス。ジム一丸となって獲りにいく」と移籍初戦でのタイトル奪取に燃えている。 

 吉野修一郎をライト級の国内トップに引き上げた椎野大輝トレーナーには、定期的に実戦的なフィジカルトレーニングの指導を受け、「下半身が安定して、重心を落としたまま継続的に動けるようになってきた」(川浦)と効果を感じている。

 昨年11月には、同じ移籍組の出田裕一が苦節18年、38歳で日本王者になった。寺地拳四朗の参謀としても知られる加藤健太チーフトレーナーは「チャンピオンになるために何が必要なのか、出田さんの日々の練習や試合を見て、感じたはずなので、あとは自分の体で表現するだけ」と期待を込める。川浦は力強く決意を語った。

「ここで負けたら、僕がただ弱かったっていうことになるし、三迫ジムの看板に泥を塗ることになる。三迫ジムに来たから川浦は強くなった、移籍してよかったと言われるような試合をして、何が何でも結果を出さないといけないと思っています」

橋詰が「フィーリングが合う」という経験豊富な阿部トレーナー(右)と 【船橋真二郎】

「“挑戦”ですね。必ずベルトを獲って、また大阪に帰る。そう決めて、東京に来ました。それに尽きます」

 当時の決意を反芻するように橋詰は静かに語った。移籍2戦目で一度は王者の称号は得たが、思い描いていたベルトとは違う。

 距離を巧みに操るボクシングは、井岡ジムで1から教え込まれた。「ジャブに始まり、ジャブに終わる」。そう井岡一法会長のボクシングを表現する。高校時代も並行してジムで練習し、井岡一翔の背中にずっと「見よう見まねで」学んでもいた。幼なじみでもある世界4階級制覇王者にもらった“Kazuto Ioka”のネームが入ったヘッドギアで、今でもスパーリングをする。

 阿部トレーナーは「身体能力は高いし、(パンチの)タイミングが独特。橋詰が持っているものを1から10ラウンドまで出させてあげるのが自分の仕事」と、こちらも能力を最大限にリングで引き出すことに注力している。

 同じく関西から移籍してきた小國以戴を世界王者に導くなど、経験豊富なベテラン。現役時代は、井岡が現在、師事するイスマエル・サラス・トレーナーに約1年半、みっちり指導を受け、日本王者になった。キューバの名匠の教えは、トレーナーに回った今も生きているという。「いいマッチングでやらせてもらってます」。橋詰はにやりと笑った。

 次が移籍4戦目。「言われること、一つひとつが僕の考えと合ってるし、フィーリングが合う」(橋詰)と、阿吽のコンビネーションを築いている。阿部トレーナーだけではない。角海老宝石ジムには、敏腕で個性的なトレーナーが数多く在籍。「いろいろなアドバイスをもらって、レベルアップできている」と、この2年を振り返った。

 約15年も過ごした井岡ジムを離れ、大学時代に一度は挫折した東京に再び戻ってきたのは、自分に対する挑戦、つまり勝負をかけるためだった。「もう30に近くなってきて、長くできない競技でもあるんで」。橋詰もキャリアの終盤を意識し始めていた。

「ひとつの形として、ベルトは獲れましたけど、次は世界を目指して。誰かのためとかじゃなく、その思いは幼少期からずっと変わらないです」

 バンタム級で4年7ヵ月かけて獲得した4本のベルトをすべて返上した井上尚弥は、2023年から始まる1階級上のスーパーバンタム級での挑戦を「最終章」と位置づけた。同世代の彼らの挑戦もまた、ここから「最終章」を迎えるのだろう。

(了)

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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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